見ず知らずの男を追ってトウヤがどこかへ消え去ったのはもう二年も前のことになるのだった。その間に時は着実に流れチェレンはジムリーダーになりベルは研究職に就き、私だけが数年前と変わらずそこにいた。トウヤによく似ていると称されるトレーナーがカノコへ足を踏み入れてからしばらくして、長らく姿を消していたトウヤが、何の前触れもなくふらりとカノコへ戻ってきた。 「やあ、なまえ。元気にしてたかい?」 「ええ、まあ」 「君はあの日と全く変わってないね。驚くくらいに。僕のあげたツタージャもそのままだ。バトルしてないの?」 「だってカノコの周りのポケモンはレベルが低いんだもの」 「そんなんじゃ、いつまで経っても進化しないよ?」 「いいの。変わるのは怖いから」 彼が初めて貰ったポケモンのたまごを託してもらえたとき、私はこの世で一番幸福な人間だと確信した。大好きなトウヤの、一番の相方のたまごをもらえる人間がこの世に何人いるだろう。きっと私しかいない。大切にすることを決意した後、すぐにトウヤは姿を消した。突然のことに私を含めた彼と親しい人間は驚きを隠せなかった。とりわけ心を乱したのが私だ。思えば、このツタージャは彼がいない間の代用品だったのだろう。トウヤに執着している私が、いなくなっても平気なように。戻ってくるまで縋ることができるように。そんなことするくらいなら、そんな見当違いな優しさを与えるくらいなら、いっそ一緒に連れて行ってほしかった。トウヤ、あなたと一緒なら、私に怖いことなんかないのに。あなたに置いてかれることが一番怖いの。そう思ったけれど絶対口にはしなかった。小さいころからずっとトウヤに引っ付いて、あれこれ甘ったれたことを言って優しい彼に甘えてきた私なのだ。いくらトウヤが優しいと言ってもいつ手を離されてもおかしくない。だから我儘は言えなかった。 「……そう言えばね、トウヤが探してた人、イッシュにいたみたいよ」 「知ってる。だから戻ってきたんだ」 「……せっかく戻ってきたのにまたどこかへ行っちゃうの?」 「うん、いくよ。だって僕はNを探さなきゃ、それで話をつけなきゃ前に進めないから」 「変わるのっていいことばかりじゃないよ」 「うんでも、変わらないのがいいこととは限らない」 お互い平行線の会話を交わすのもいつものこと。トウヤに可愛いって惚れられた時から変えてない髪を慈しむように撫でられる。細くて、けれど、男の子の指。ぷにぷにだったトウヤの指はどこに行ってしまったのだろう。私、あの頃のトウヤの指が一番好きなのに。 「この髪型、いまだって十分可愛いけれど、おろしたほうが似合っているよ。もう昔みたいにこどもじゃないんだ。少し大人っぽい髪型をした方がなまえには似合う」 「大人になりたくないの」 「時間は誰にだって平等だよ。僕らは大人になるしかないんだ」 「大人になって何がいいことがあるの」 「さあね」 大人と言われてぞっとした。私変わりたくないの。大人になりたくないの。だって子供のときが一番美しいもの。無邪気な子供のままでありたいの。世の中の汚いことを知って汚れたくないの。みじめに年をとってみっともなくなりたくない。そんなことになるくらいならいっそ殺して欲しい。まだ幼気な子供である内に。私が綺麗であるうちに。そう我儘を言うとトウヤは困ったように笑った。 無茶なこと言わないで。僕になまえは殺せやしないよ。……意地悪。 なんて、そんなのは建前で。本当の理由は別にある。小さかった私だけの男の子が、私だけを甘やかしてくれた男の子が英雄になっちゃったのが嫌なだけだったのだ。どんなに私が頑張ったとしても絶対に追いつけない距離を開けて遠ざかってしまったトウヤに見捨てられるのが嫌なのだ。私だけを見つめてくれなくなるのが嫌なのだ。だから幼い子供の振りをして、優しさにつけいってみっともなくあなたにしがみ付いているのだ。 20131008 |