あーるーきーつづーけて どーこーまーでーゆーくの

小さいころに誰もが一度ははまったであろう子供向けアニメの映画版のエンディングが頭の中に流れた。まだ幼稚園だった夏のあの日、映画館で恥ずかしげもなく大号泣したことを今でも覚えている。悲しい歌だった。悲しい終わりだった。だからこんなときに思い出すのかもしれない。


「ねえ、なまえ、どこまで行くの」
「どこだろうねえ」


君と一緒ならどこまででも行けるよ、なんて陳腐なセリフは絶対に言いたくない。どこにもいけないことなんて、そんなの、私たちが十分承知している。日が暮れて暗くなったら学生の私たちは帰らなくてはいけない。どこまでも歩いていくことなんてできない。私たちが歩いて行ける距離は戻ってこれる範囲だけだ。それでも私は歩かなくてはいけなかった。歩くのを嫌がる真波の手をひいて、うんとうんと遠くまで歩かねばならなかった。たとえば、誰も知り合いのいないところへ、歩いてゆかねばならなかった。


「ただ歩くだけなら自転車で行こうよ。そっちのほうがうんとうんと遠いところへ行けるよ。それに、生きてるって感じがするし」
「駄目」
「なんで」
「どうしてもよ」


自転車に乗っているときの真波は人間じゃないみたいなんだもの、とは言えなかった。羽根が生えてるみたいに、天使みたいに見えて、地に足のついてない真波を見るのは嫌だった。生きている痛みなら自転車に乗っているとき以外でも味わえるよ、って教えてあげないといつか真波は消えちゃうのではないかと常々私は思っている。スニーカを履いた足で一歩一歩地面を踏みしめる。そうして進んでいく。目的地なんてないけれど、そうやって進んでいくことが今の私たちには必要なことなのだ。
灼熱の太陽に照らされて、じっとりと汗ばんでいる。繋いだ手も汗でべちゃべちゃだ。ふと汗臭くないか心配になった。鞄の中に夏らしい香りと色をした制汗剤があることを思い出してほっとする。立ち止まったらそれを使おう。でも今はまだ駄目だ。この手を放したら、真波が逃げ出してしまうかもしれないから。夏の抜け殻みたいに。



「ねえ、どこまで行くの」
「どこまでも、行けるところまで」
「そんなの嫌だよ。こんなことするより、僕はロードに乗りたい」
「まだ駄目だよ、真波。のってはだめ」
「どうして?」
「だって、あなた乗り越えてないから」


インターハイ、夏のレース。山頂ゴールをかけた戦い。そこであなたをすべてを出し切った。汗も、涙も、心の中の熱い思いも、全部出し切った。コースの中に全部落としてきてしまった。そして空っぽになった。前と同じように見せかけているけれど、全然違う人間になったのわかっている? 余裕がなくて焦ってて、お母さんとはぐれた小さな迷子みたいになってるよ。


「何を?」
「それは、自分で気付かなきゃ」


あなたは、そのことに気付いていない。だから夏が終わる前に、集めに行かなくてはならない。確かに自転車だとはやく進んでいけるのかもしれない。でも速すぎて、途中で大切なものを落としたことに気付くことはできないんだよ。自転車よりゆっくりな、自分の足で。先輩と、あなたの、夢を。情熱を。
それからなくしていた、人間のあなたを。
夏が終わる前にスニーカを履いた足で全部拾い集めて、それから成長してほしい。これがあなたの求めていた生きている痛みにもなるのだから。



/企画『嗚呼と』さまに提出