夏のように透き通った女の子だった。
俺にとって、夏というのは数年前の忌まわしい記憶を呼び覚ますもので、だから彼女のことは嫌いだった。憎んですらいたかもしれない。小麦色に日焼けした肌をつたうしずく。炎天下、帽子をかぶっていてもずっと外にいればこんがりと焼けてしまう。俺があのマウンドから居場所を失っても彼女だけは変わらずにじりじり太陽に焼かれていた。日差しに焼かれて失った水分を求めているのか、ボトルの中身と周囲の温度差で水滴が浮かんでいる。ごくごく大きく喉を上下されて飲み干す様は、夏色にきらめいていて、それすら俺には眩しかった。



「暑いね、靖友」
「まあ、夏だからな」
「体中の水分が蒸発して干からびちゃいそう」
「ベプシ飲めよ」
「それだけは勘弁」
「なまえ、お前、水なんかよく買おうって気になるよなァ」
「靖友はベプシばっかだよね」
「まぁな」
「よくそんなもの飲めるよね……」


彼女は人工甘味料を好まない。だから市販のジュースをほとんど飲まない。いつもペットボトルにはいった水を飲んでいる。ただの水にお金を払うその思考回路が俺には理解できない。外で飲み物を買うのだったらベプシ一択だろうと思う。体力の限界まで走り回った後に飲むものではないとわかってはいるが、あの炭酸の喉の奥で跳ねる感じがたまらなく好きなのだ。だというのに、彼女にはその良さが全く理解されない。「映画館の炭酸の抜けたやつならすきだよ」って全否定じゃないか。


「しかもそれベプシじゃねぇヨ。コールだ。一緒にすんな」
「どっちも同じじゃナァイ?」
「まァなァ……」


て言うかマネすんなよ、ごめんって。軽くこぶしを握って振りかぶると、なまえはケラケラ笑った。余計な動きをしたからか汗がじっとりと制服のシャツを濡らして気持ちが悪い。いくら校舎裏の木陰で涼んでいるといっても気温には敵わない。昼休みが始まるころに購入したベプシはぬるくなっていた。ぬるくなった炭酸ほど不味いものはない。けれども喉の渇きには負けてそれを一気に飲み干す。人工的に加えられた甘味料の甘さがのどに張り付いた。


「わーん喉乾いた!!」


なまえが騒ぐ。どんなに喉が渇いていても炭酸の嫌いななまえが一口ちょうだいと頼むことはない。彼女の隣には、俺と同じように昼休みが始まる前に自動販売機で購入された新発売の水のペットボトルがあるのだが、一口飲んで顔をしかめていたからきっとお気に召さなかったのだろう。満タンに近い状態で放置されていた。ベンチの脇に置かれたなまえのペットボトル。それは、昔を思い出す。まだ小さいころの夢を覆いかけていたころの自分を思い出す。


「なまえ、甲子園連れて行ってやれなくてごめんナァ」


きっと俺が肩を壊していなければ。この夏なまえをあの舞台につれて行ってやることができただろうに。小さいころに読んだ漫画に影響されて、なまえを甲子園に連れて行ってね!なんてごっこ遊びをしたのだ。子供の気まぐれだろうと思っていたがなまえは本気だったらしく中学生の時は野球部のマネージャーをしていた。今は俺に気を使ったのかチャリ部に入っているけど。それでも、野球部のときと変わらないくらい楽しそうに笑っているから、安心する。いくら長い付き合いだからって無理をさせたいわけじゃない。それと、今俺が人生をかけているものをなまえも好きだと思ってくれたことが嬉しかったのだ。

「何言ってるの、靖友。ちゃんと連れて行ってくれるじゃない」
「ア?」
「箱根山!」


そうやって、夏みたいにきらめいた笑顔で言うのだった。


「ああ、ああ、そうだナァ。なまえに山頂ゴールみせてやっから!」