急に寂しくなったので、紅茶に角砂糖をひとつ溶かした。私は甘党で普段から最低ひとつは角砂糖を溶かすから、今のでふたつめの角砂糖だ。雨音をBGMにして優雅なティータイム。風情があって大変よろしい。グツグツと煮えたぎったお湯で今朝つくった紅茶を魔法瓶にいれて持ち運んでいるから学校でもほんのりとあたたかい。甘いものを口にすると幸福な気分になる。あたたかいものを口にすると寂しさが吹っ飛んでいく。
つまり、今は幸福で安らいだ時間である。


「あ、なまえちゃんいた!」


しかしそんな時間は無粋な声に邪魔されてしまった。あんな喧しい声、振り向かなくたって誰かわかる。同じ部活の高尾に決まっている。ずんずん近付いてくる高尾に、苛立ちを隠すことなく舌打ちをしてやった。


「もーマネージャーが部活中にどっか行かないでよ」
「でもマネージャーって試合の雑用くらいしかすることないじゃないですか。普段暇じゃないですか」
「確かにそうだけど!」
「なら休んでてもいいよね」
「よくねぇよ!……じゃなくて、ミーティングが始まったから戻ってきて。大坪さんは怒ってないけど、宮地さんが怒ってるぜ」
「うげ」


キャプテンの大坪先輩はきっと私を見て困ったようにはにかむだけだろうけど、スタメンの宮地先輩は間違いなく怒鳴ってくる。なまじ顔が整っているからそれはそれは迫力があるのだ。


「仕方ないなあ」


蓋についだ紅茶をズズッと音をたてて飲み干して、はやくはやくと急かす高尾の後ろをついていった。


「おっせえぞみょうじ!」
「すいません」


私が体育館に戻るとやっぱり宮地先輩は怒った。「まあまあ。戻ってきてくれたんだし」と大坪先輩が宮地先輩を宥めてミーティングが始まった。今日の反省点やゲームメイクの話、今後の予定を話していく。三年や他学年の実力者が中心になって話を進めていく中、はたして私はここにいる意味があるのだろうかと考えた。いくらマネージャーで、「マネージャーもバスケ部の一員だ!」とか言われても試合にはでれないし、本とかでルールを学んでも実際にプレイしてる訳じゃないから良く分からない。外からしかわからないこともあるけど、強豪校ともなれば素人は下手に口出しできるレベルじゃないのだ。

一言も聞き漏らすまいと、真剣な顔をして話を聞いている部員を見ると無性に寂しくなる。男の子っていいな。同じ世界を共有できて。いくら放課後、一緒に時間を過ごしても、私はこの輪には入れない。


▽▲


「温度を一定に保つ水筒のこと魔法瓶って言うじゃん」


雨だと秀徳名物・緑間さまのチャリアカーはひかないらしい。雨でも緑間なら関係ない引けとか言いそうなのに、と考えていたのだけど、よく考えたら傘をさしてもいても荷台に乗ってる緑間が濡れてしまう。素晴らしいまでの自分中心の考えである。あっぱれ緑間。そんな傲慢なエースさまにおいていかれたらしい高尾の隣を、なぜか歩いている。


「なまえちゃん、いきなり何の話?」
「私さ、小さい頃魔法瓶って響きに夢を見てたんだよね。まほーびん。魔法瓶からお茶を飲むと魔法が使えるようになるとか思ってたんだよね」
「すごぉい! なまえちゃん高尾くんと言葉のキャッチボールしてくれない!」
「今思えば純粋で可愛いことだわ」
「そんなピュアななまえちゃんとか想像できねぇ」


失礼なことをのたまった高尾の腹に一発いれてやる。高尾の反応はいつでも大げさだ。


▽▲


「まーた部活サボってえ」
「なんだ、高尾か」
「バスケ部のヒエラルキー的にパシられるの俺なんだからいい加減にしてくれ」
「底辺でも強く生きてください」
「ひどい!」
「苺ジャムをつけたスコーンが食べたい」
「だから言葉のキャッチボールしようよ……」


今日は大会前で部員の心がガッツリひとつになり、私の寂しさもひとしおなので、ミルクから作ったミルクティに角砂糖をふたつ入れた。とても甘ったるい。


「て言うかすっげー甘そうなにおいがするんだけど」
「角砂糖ふたつ」
「正気じゃない……頭おかしい……」
「激辛せんべいを平然と頬張る高尾の方が頭おかしいから」


甘党と辛党とは相容れないと云うのが持論だ。甘いものでぐずぐずに自分を甘やかしてる甘党と、辛いもので人生の辛さを体感している辛党とは心の強さが全然違う、と思う。


「なんでいつも紅茶飲んでるの?」
「寂しいから」
「日本語でお願いします」
「甘いものとあたたかいものは寂しいの誤魔化してくれるから」
「な、なるほ、ど……?」
「紅茶の甘さは私の寂しさを表しております」


と、言うと手のひらから魔法瓶の蓋を奪われ、中に入っていた優しい色をした液体は高尾の口の中へ消えてしまった。


「ああっ」
「なまえちゃん砂糖入れすぎじゃないデスカ……」
「高尾の反応はいつも大げさって言いたいけど今日のは甘いと思う」
「だよね!? と言うかそんなに寂しいならちょっとは俺に相談するとか頼ってくれても」
「高尾」


なんだか突然、優しくて甘い言葉を言われてむず痒くなってしまった。そんなこと、言われたら。そんなこと、言われてしまったら甘党の私でもどうしていいかわからなくなる。だから誤魔化すように言葉を紡ぐのだ。


「間接キスだ、それ」


高尾の赤い顔がとても素敵よ。きっと私もおんなじ色をしてるだろうけど、ね。