瞬きは、一瞬。
彼がパチパチとそのつぶらな瞳を閉じたり、開けたりすると星が生まれます。
星は重力にしたがって落ちてゆきます、すなわちそれは流れ星です。


「食べると存外おいしくないね」
「わあ、食べたの」


トウヤくんは不思議な男の子です。身にまとっている雰囲気とか、普通の人には思いつかない飛躍した発想とか。それから、瞬きをすると星が生まれる体質とか。不思議と言うより特別なのかもしれないけれど。そんなトウヤくんはカノコの生まれでした。わたしはさむいさむい雪国の生まれでした。カノコには、なにもないけれど美味しい空気と優しいおうち、それから素敵な幼馴染がいるそうです。それからカノコは、人工の明かりがないから夜にとても美しく見えること。トウヤくんが瞬きすると星くずがうまれることを、春のように突然やってきた(わたしの住んでいるところではずうっと寒いのが続いて、不意に暖かくなって、春はいきなりやってくるものなのです)トウヤくんが自己紹介のついでに教えてくれました。


「ねえねえ、いつからトウヤくんは星くずをこぼすようになったの?」
「う〜ん、いつだろう。小さい頃はこんな体質じゃなかったはず」
「じゃあ、この体質になったのは最近なの」
「たぶんね」
「たぶんじゃわからないよ」
「だって僕にもわからないんだよ」


不思議なこともあるものです。不思議な男の子もいるものです。世界って不思議。
私の目を見ながら、トウヤくんがぱちぱち瞬きをしました。色とりどりの星くずがこぼれます。まるで金平糖みたいだと思って、それを口にしてみたのはいいけれど、可愛い見た目に反してそれは甘くなかったのです。砂糖菓子というよりはむしろ塩菓子。しょっぱいの、よう。


「ここは、星が綺麗に見えるね。まるで僕の故郷みたいだ」
「さむいから、空気がきぃんと引き締まってね。星が綺麗に見えるの」
「ふうん」
「……少し質問、いい?」
「なあに?」
「そんな体質だったら、病院とかに連れて行かれたりしないの?」
「しないよ。なんでだろうなあ、昼間には星は生まれないんだ。だいたい夜の、切なくなるくらい星の綺麗な夜だけ」


ふうん、と適当な相槌をうって、もしかしたら彼は人間ではないのかもしれないと、そんな創造を膨らませる。トウヤくんはよく見たらとても綺麗な顔をしているから、どこかの惑星から地球へやってきた星の王子さまかもしれない。そうだったらいいなあ。だって、わたしの住んでいるところは田舎で刺激がなくて退屈で、胸がわくわくするような出来事がひとつもないのだもの。
トウヤくんが星の王子さまだとすると、自分の故郷に良く似た異世界に住む人間の女の子と恋に落ちて、その子と一緒に宇宙旅行にいくのかな。砂糖を入れすぎたジャムよりもうんと甘い空想に浸ってみるけれども、トウヤくんの一言で現実はそうならない事を知らしめられました。


「Nと、別れたあの日もこんなに星が綺麗な夜だった」


やっぱりね。やっぱりね。ひと目で素敵だって思えて、わたしの小さな、でも特別な心臓を持っていってしまうくらい素敵な男の子に特別な女の子がいないはずないもの。どうせわたしのこの世界での役割は通行人Aとかその辺りだもの。わかってる。でも、もう少し現実がわたしにも優しかったらいいのにねって思わずにはいられない。わたしの知らないあの日に思いを馳せているトウヤくんは、瞬きと同時に星くずを落としていきます。金平糖みたいに綺麗なのに、ぜんぜん甘くない理由、わたし、わかった。これは金平糖でなくてトウヤくんの涙なんだわ。あんまりにも悲しいから、でも本人が悲しんでいることに気づいていないから、涙の代わりに星くずが落ちてくるんだわ。トウヤくんはパチパチと瞬きをします。ぽろぽろと星くずが落ちてきます。わたしはそれを拾って、ひたすらに食べるのです。


「ねえ、きみ、どうしたの。何で泣いているの」
「トウヤくんが泣かないから代わりに泣いてあげてるんだよ」
「そうなの。でもそれは必要はないよ。だって僕には悲しいことなんてないんだから」
「そう。ならきっと、わたしが泣きたい気分なの。だってほら、星があんまりにも綺麗だから」


トウヤくんがこっちを向きました。ガラス球みたいに透き通った、薄いブラウンの瞳の中にわたしは小さな宇宙を認めます。


「ほんとうだ」


トウヤくんが夜空を見つめながら瞬きをします。それはほんの一瞬です。その一瞬の間に生まれた星くずは重力にしたがって落ちていって、流れ星になります。わたしは流れ星が地面に落ちる前に、どうかトウヤくんがもうなくことがありませんようにと、彼の生み出した流れ星に祈りました。