私は田舎っ子だった。だからか女の子や男の子なんて概念は乏しくてやんちゃに駆け回っていた。小さい頃はやっても怒られなかったのに、小学校高学年になるとサッカーをしたいと親にいったら女の子だから駄目と言われた。どうして? と訊ねると周りの女の子はみんなやってないでしょ? と返された。


(そうか、皆がやってたらいいのか)
(……皆と同じにしなきゃいけないのは何故?)


 疑問を覚えながらも子どもが親に逆らえるわけがない。サッカーボールは押し入れの奥深くに仕舞われることになった。中学にあがるとき、東京に引っ越すことになった。私はいきなり都会っ子になった。都会の子は服もお洒落で、なんだか洗練されている気がして馴染むのに時間がかかった。名前にちゃん付けが普通だった地元と違って、初対面でも気軽に呼び捨てする風習にはまだ慣れない。



「今日の体育サッカーだってー」
「やだぁ、めんどくさーい。サッカーって男の子のスポーツでしょ?」
「鹿島がサッカー好きだからじゃね?」


 仲良くなったグループの女の子たちはサッカーが不満みたいだ。私も空気を壊したくなくてだるいね、なんて思ってもないことを口にする。こうやって周りにあわせなきゃいけないことも、私は学んだ。皆が好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。そうしないとひとり浮いてしまうのである。

 そして待ちに待った体育である。ボールを蹴る感覚が懐かしかった。リフティングのときの独特なタッチを身体は覚えていて、前よりはずいぶんぎこちないけれど割合スムーズに動くことができた。久しぶりのサッカー! なんてわくわくするんだろうか。夢中になって球を蹴っているとワッと歓声があがる。


「すごーい!」
「あれ真田?」
「サッカー部のやつ抜いたよ。普段あれなのにイケてるね」


 どうやら真田と云うひとがシュートを決めたらしい。友人の発言からするに、クラスでも目立たない地味な部類なのだろう。あいにく人の顔を覚えるのは得意じゃないので友人に誰かを教えて貰う。なんとなく見たことがあるかもしれない。うろ覚えの真田の顔は、けれど一瞬で脳裏に焼き付いた。


(半端じゃない)


 あの上手さは尋常じゃない。サッカー部の人より、桁違いにうまい。有名な選手がやるターンやドリブルを決めたり、柔らかなボールタッチをする真田に目を奪われた。すごい。すごい。すごい。私もあんな風に。


(サッカー、やりたい、な)




 学校から帰り、あの日親に言われて押し入れへと突っ込んだボールを引っ張りだしてきた。空気が少し抜けているだけでまだまだ使えそうである。ボールを持って近くの公園へ赴く。準備体操をして、まずは昔の感覚を思い出すためにひたすらボールを蹴る。慣れてきたところでリフティングの記録に挑戦する。足だけでなく、頭や胸など、全身を使ってボールに対応しなくてはならない。リフティングは試合中に柔軟にボールへ接するための大切な基本であるから、おざなりにするわけにはいかない。前より記録はいかなかったけど、ボールを蹴るだけで楽しかった。


「なかなかやるんだな」
「あ、」


 集中が途切れてボールが地面に落ちる。ずっと動いていたから息があがって汗だくの姿まま声の主を振り返った。


「わり、集中切らしたか?」
「……真田」


 流れ落ちる汗を拭うと、かなり疲れていることに気付いた。どのくらいの時間練習していたのか、日が暮れて暗くなったので公園の時計が見えないのでわからない。私と同じような格好をした真田は、きっと練習の帰りだろうか。


「みょうじってサッカー上手いんだな。知らなかった」
「小学生のときやってたからね。何年かのブランクはあるけどその辺の奴よりは上手いつもり」
「へえ」


 無遠慮に私に一瞥をくれた真田。値踏みするような眼差しはなんだか居心地が悪かった。


「じゃあ、勝負する?」
「勝負?」
「一対一。俺もみょうじがどのくらいの実力か見てみてえし」
「いいの?」


 久しぶりに人とサッカーできると思うと嬉しくて仕方なかった。ひとりでボールを蹴るだけで幸せだが、やっぱり人とやった方がいい。ドサリと彼が荷物をおいた音を聞いて、私の身体は自然と動き出していた。




「みょうじ上手いのな。ブランクあるとは思えなかったぜ」
「ありがとう。でも真田には負けたよ。すごいね」


 先ほどの勝負は真田の圧勝だった。ブランクのことを差し引いても、絶対に真田の方が上手い。


「まあプロ目指してるからな」
「プロ……」


 そう言えば私にも憧れていた時期があったな。女の子がサッカーなんて、と遠ざけられて諦めてしまったけれど。プロと云う響きにまだ憧れを感じる。努力して駄目ならまだしも、なにもせず諦めてしまうのは嫌だなあ。


「あ、みょうじはどこかに所属してんのか?」
「ううん。女の子だからサッカーできないよ」
「はぁ? サッカーに女も男も関係ないだろ。ウチのクラブチームは女子の部もあるぜ」
「ほ、本当!?」
「ああ」


 女の子でもサッカーできるんだ。良いことを聞いた。やっている子がいると母に言って、うんとうんと上手くなって、真田を抜かしてやろう。


「ロッサに入るのか?」
「うん! サッカーしたいからお母さんに頼み込む。そしたら次は負けないよ!」
「次も負けねえよ」
「どうかなぁ?」


 そんな風に下らない会話をまじわしながら夜道を歩く。サッカーに女も男も関係ないって言ってくれたの真田とは、これからもずっとうまくやっていけそうだ。




**20120820