穴掘って埋まりたかった。
ほら、よく言うじゃないか。恥ずかしいことがあったら地面に穴掘って埋まりたいって。私は今まさにその状態。埋まりたい。自然に還りたい。

「……は?」

目の前で真田くんが、きょとんとした顔でこちらを見ている。どうやら衝撃的すぎてまだ認識できなかったらしい。その方がいい。だって私が逃げる時間があるから。

「なんでもないですすいませえええええん!!」
「あっ、ちょっと待てよ!」

誰が待つものか。追い付かれないように必死に走る。真田くんは追いかけるつもりはなかったようで、簡単に撒くことができた。いったい、どうして私はあんなことをしてしまったのだろう。



隣の席の真田一馬くんと云う男の子は変わり者だ。と言うか、包み隠さず言えばはみ出しものだ。目付きも愛想も付き合いも悪くて、サッカーで学校も休みがち。学校にサッカー部だってあるのに、わざわざクラブと云うところでサッカーをしているから、サッカー部からは特に嫌われている。でも、凄く格好よくて密かに女の子から人気があるのも、理由の1つだと思う。

(どうしよう、かなあ)

私と真田くん、隣の席だからどうしても顔をあわせてしまうのだ。まだ時計は朝の八時前で教室に人は少ない。だというのに、真田くんが登校してきている。私の横に座っている。気まずいったらないわ!

「…………っ」

シャーペンを握ったままの右手は全く動かなくて、手汗でぐっしょりだ。気持ち悪い。チラリと横目で伺えば、真田くんは本を読んでいてこっちに意識を向けていない。ホッ、と安心した。昨日のことはなかったことになったのだ。少し寂しい気もしたけれどそれでいい。昨日の私は馬鹿だったのだ。ふと、真田くんが本から視線を外した。そして私とばっちり目があった。

「みょうじ」
「な、なに」
「昨日の……あっ、待てよ!」

真田くんが言い終える前に私は教室から逃げ出した。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!穴があったら入りたい。地球からでていくのもいいな。宇宙へ行こう。そう言えば宇宙にも穴があった。なんでも呑み込むブラックホール。それに呑み込まれて消えちゃうのもいいかもしれない。



突然だが、恋に落ちるきっかけは些細なことだ。ドラマみたいに大袈裟でも、漫画みたいに夢見がちでもない。ただの日常のひとこまを掬い上げて、それが恋の始まりとなる。私の場合は男の子がりんごジュースを飲んでいて、男の子とりんごジュースの組み合わせが可愛いなと思ったことだ。それからだんだんそのりんごジュースの男の子が視界に入るようになって、よく見たらいいひとで、好きになってしまったのだ。
そのりんごジュースの男の子が、真田くんなのだ。

「なんで好きって言っちゃったんだろう」

話したこともない癖に。よく彼を知りもしない癖に。ああ、でも、恋する乙女はとまらないのだ。好きになった男の子はすごく素敵に見えてしまうのだ。学校で友達がいなくたって、真田くんは、別な学校のお友達がいる。授業中に震えた携帯を慌ててとめて、画面を見たままつい微笑んだのを、私は知っている。

「逆に聞きたい。なんで俺のことが好きなんだ」

声でわかる。真田くんだ。教室から追いかけてきてくれたんだ。そしてやっぱり、昨日の告白を覚えていた。

「話したこともない癖に。嫌われている俺に好きって言うなんて、どうせ罰ゲームかなんかだろ?別に相手にしなくてもいいけど、そう言うのは悪質だと思うぜ」

キュッとつった目は、愛想がないと勘違いされるほどキツい。でも今は違う。真田くん本当に怒ってる。ひとがせっかく勇気をだして告白したのに怒るだなんて、悲しいを通り越して腹がたってきた。

「違う!」
「違わねえよ」
「違うもん!私、本当に、本当に真田くんが好きだもん!」

ああまた言ってしまった。人生で二回目の告白。恥ずかしい、穴があったら入りたい。いっそ宇宙に穴を掘って、吸い込まれてしまおうか。

「さ、真田くんの笑った顔が好きで、気付いたら目でおっちゃって」
「……もう、いい」
「小さいこととかみてたの。そしたら」
「もういいって」

ふいと横を向いた。なんでこっちを見ないの、と思ったら。耳まで真っ赤にして照れているのだからたまらない。

「ねえねえ、真田くん。私本当に真田くんが好きだから。付き合ってください」

りんごジュースの男の子はりんご見たいにまっかっか。そうして最初に抱いたイメージのように、可愛いひとなのだ。

「俺も、みょうじが好きです。付き合ってください」

きっと私たちは上手くいく。まだお互いを、ちょっとしか知らないけど。ゆっくりゆっくり知り合って、それから当たり前のように側にいることができるだろう。そんな予感がした。

「あ、りがとう」



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