女の子でいるのも楽じゃないのよ。いつだって手作りお菓子の甘い匂いがするような女の子でいるのは、本当に楽じゃない。いつでもお洒落しなきゃいけないし、可愛いポケモン連れてなきゃいけないし、笑顔ってずっとしてるの頬が痛くなっちゃうし、ムカついても笑顔でいなきゃだし。女の子からも男の子からも愛されるためにはたくさんたくさん努力しなくちゃいけないの。

「きんも」
「何か言った? トウヤくん」

 けれどそんな私の努力を無駄にしてくれる男がいる。旅の途中、ポケモンセンターで偶然出会った男の子だ。食堂が混みあって相席になったとき、出会い頭に笑顔が気持ち悪いと宣ってくれた。お陰で印象が最悪である。

「笑顔が気持ち悪いなーって」
「あははは。面白い冗談だねー死んでください」
「おい本性」
「何言ってるんですかー?」

 て言うかあんたの笑顔も胡散臭いわよ、と吐きそうになった言葉を飲み込む。同族嫌悪と云うのだろうか、この外面だけやたらいい男と私はウマがあわなかった。今だって恋人よろしく同じベンチに座って自動販売機で買ったサイコソーダを飲んでいるが、表面上は笑顔で、水面下では罵りあっている。

「猫かぶりのビッチが」
「やぁだ、男くらい選ぶわよ。特にトウヤくんみたいな人はお断りだわ」
「見る目ないね、なまえは」

 こんなに仲が悪いのに、何故か進むペースが同じらしく、行く先々でトウヤくんに会う。こう言うの腐れ縁って云うのかしら。あんまり嬉しくない。ミックスオレを飲み終えたらしいトウヤが無造作に空き缶を放った。ちくしょう、金持ちめ。たった五十円の違いだけれどもなんだか負けた気がして悔しい。トウヤが投げた空き缶は綺麗な放物線を描いてごみ箱へ吸い込まれていった。空き缶がごみ箱に吸い込まれる様を満足に得意気な顔をして見ていたトウヤが、いきなり顔をひきつらせた。

「げっ、山男」
「?」
「ちょっとなまえ付き合え」
「やっ、なに! 離してよ!」

 急に手を引かれ、ベンチから無理矢理たたされた。飲みかけのサイコソーダが滑り落ちて遊園地のカラフルなコンクリートに水溜まりを作った。もったいない。あとでミックスオレを弁償させてやる。そう固く決意しているとあれよあれよと観覧車に連れ込まれていた。

「はあぁ、助かった……!」
「ちょっと何で私がアンタと観覧車乗らなくちゃいけないのよーっ」
「うるさいな揺らすぞ」
「最低!」

 ほんっと最悪。ライモンの観覧車は彼氏とか、好きな男の子と一緒に乗りたかったのに。よりによってなんでトウヤなの!

「理由も説明せずに女の子を密室に連れ込むなんて最低。訴えられてもしらないわ」
「誰もなまえなんかにそんなことしないさ」
「どういう意味よ」
「そのまんまの意味だけど?」

 あああああ本当にむかつく! なんて性格が悪いんだろう。思わず怒鳴りそうになってしまったけどグッと堪えた。手作りのお菓子のにおいがする女の子は、こんなことしない。いつだったか初恋の男の子に「気が強くて女の子らしくない」と振られたときに私は誓ったのだ。お砂糖みたいに可愛い女の子になるって。本当の私を押し込めて、初恋の男の子が好きな女の子を演じていたらみんなに可愛がられるようになった。だからこれで正解なのだ。今のなまえでいるのが正しいのだ。けれど他の人の前ならいつも笑顔で優しいなまえを完璧に振る舞えるのに、トウヤの前だけでは被った猫が剥がれていた。

「本当にあわないね、私たち」
「なまえが猫被るからだろ」
「へ?」
「俺、作り笑い嫌い。演技なんかしてるよりそのままのなまえが一番可愛いと思う」

 冗談言わないでよ、と返そうとしたら、真っ直ぐな瞳で嘘じゃないよと先制された。いつもと違うトウヤの様子にテンポが狂う。あれ、トウヤってこんなに綺麗な瞳をしていたっけ。こんなに素敵な男の子だったっけ……。不意にわいてきた感情を誤魔化すように口を開いて、けれどトウヤの空気に圧倒されてそれが音になることはなかった。

「気が強くても、口悪くても、素のなまえが一番素敵だと俺は思うよ」