色は匂へと | ナノ


(露草色/#38a1db)
(私は露草とさよならをした)


 わたしはあくまでも平凡で、ただ周りより堅苦しいだけの、飾り気も何もない、つまらない女で、街を歩いて誰かがわたしを振り向く、なんてことは、皆無に等しかった。今でも秋雨が何故わたしを好きになってくれているのか、不思議も不思議、いいとこだ。


「すっかり暗いねー」
「まだ、初夏でもないしね」
「暑いのはやだなぁ、私」
「お互い梅雨と夏に誕生日、だけどね」
 帰りの順路がほとんど同じみーくんとふたり、かたたんかたたんと、軽やかな音を立てて揺れる電車の中で、ぼんやりと眠たげな会話を交わす。はめ込まれた窓の向こうにある空は、晴れた青空より暗く濃く。なんだか、露草の色なんかに、どことなく似ている気がした。
 露草の、花。
 たくさんの名前がある、小さく、静かな蒼をした花。『蛍草』『藍花』『青花』『移草』『月草』──わたしが知るのはせいぜいこれくらいだが、確か他にも幾つか、あった筈だ。

「露草色、みーくんは好き?」
「うん、好きだよ。割と」
「そっか。……わたしも、こんな色の空、好きだな。露草みたいで」
 眠たさ故かうまく回らない舌に内心は苦笑いしながら、隣のみーくんを見ると、彼女は彼女で、かたんかたんと揺れる電車に、眠たげにしていた。「……みーくん?」呼びかけたら、「あ、うん、?」答えてくれる、幸せなこと。
 無欲では、けしてなくて。
 昔には、呼びかけることも許されてない、それでも恋い焦がれていた時期があった、から。今のわたしは、友人で後輩でいれるだけ、幸せなのだ。
 その頃から秋雨は、こんなわたしがめそめそする度、ずっと頭を撫でたり時にはわたしに殴られても、暴言を吐かれても、傍にいてくれたなぁ。そんなに昔でもない昔を、ぼんやり、思い出した。あの頃のわたし達は友達でしかなかったけれど、確かにわたしは秋雨に、救われていた。だから今わたしは、彼を好きでいられるのだろう、な。倉乃は好きだけど、それは兄さんに向けるような、兄妹愛に近い何かだし、みーくんへの恋情は、今はあたたかな友愛に、なっているし。


「露草色の空を、泣きながら眺めてた時期も、あったのよね」
「ほぉ、」
「みーくんとのことで、悩んでいた時期ね」
「……あ、う、ん」
「今は吹っ切れてるから、秋雨といるんだけど」

 たまに、ほら。
 こうして思い出しては、寂しくなったり、なんとない寂寥に、笑うことが下手になる。かたんかたたん、軽やかな音を立てて揺れる箱の外には、段々と暗く重たくなっていく、露草の色がある。いつかのわたしはあれを見て、ひとり、ふたり、泣いていた。ある時はひとり、ある時は秋雨の隣で、泣かない秋雨と、ふたり。


 昔のわたしの方が、幼くはあった。
 でも今のわたしの方が、少女に近いような気はする。若作りも自意識過剰も飾り気も、ないが。秋雨が今も何故、わたしを好きでいてくれているのか、不思議も不思議、だが。
 少なくともあの頃のわたしの方が、嘘は下手だった。ひとりで眺める露草色にすら、嘘をつけずに、泣いていたのだからなぁ。




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