色は匂へと | ナノ


(空色/#a0d8ef)
(いろいろな空の誰か)


「あ、使ってるんだね」
「……葵と先輩からのプレゼントですし」
 えー、でも叶多くんに大事なのはあーちゃん部分でしょー、と、綿貫先輩は笑った。学食でたまたまひとり、三橋葵は午前のみ講義のためいないから、普段は食べないカレーなんかをつついてたら、目の前にラーメンを持った先輩は現れた。狭くない学食のなかで、三橋からしたら嗚呼素晴らしき偶然かなと言ったような、そんな。

 空色のシャーペンを片手に、レポートの下書きらしきものを書きつつ、残り少ないカレーを口に含む。「器用だね、でも点数落とさない?」「ダブルA以外取ったことないので」「……あぁ、そう」先輩はどこか遠くを見つめる瞳をした。地雷だったのか、今の。
 学食の一面に大きくとられたでかでかとした窓からは、生憎の悪天候もなく快晴が広がっている。花粉症の三橋や先輩からしたらただ嫌悪に値する、春のぽかぽか陽気なお天気だ。自分自身、日向ぼっこをする年頃ではないが。


「空色って案外、深い青だよね」
 カレーを食べ終えた俺の眼前で、なんの物好きかラーメンを食べることにしたらしい先輩が、ずるずる麺をすすりながらふと口にした。麺ではなく、なんでもないような、言葉を。
「リアルな空色なんて、あの空の下に行けばわかるでしょう」
「……叶多くん、君、わかってやってますね」
「流石にばれますか」
「当たり前でーすー」
 花粉症の人間に外に出ろだなんて、「叶多くん、君はあーちゃんが秋いかに花粉症に苦しんでいたか見てないのか!」「見てましたよ、ちょっと意地悪してやろうと寝込み襲ったら殴られましたけど」「……君って奴は」
 なんてことをしたの、と責め訴えるような眼差しの先輩に、少し愉快な気持ちになって、笑う。
「葵は春や秋になると、うとうとする時が増えますから」
「そりゃあ眠いよ、『春眠暁を覚えず』だ」
「文学好きは流石ですね、先輩。……まぁ俺がやったのは、そのうとうとしてる葵の鼻先に、キスしようとしまして、」「少女漫画自重」
 お前はどこのプリンスのつもりだ、とやはり責め立てる目をする先輩に、愉快が悪戯心に変化した俺は、くすくすと殊更に笑った。三橋には『意地の悪そうな』、井上には『腹の黒そうな』、そして先輩には『性根が腐ってそうな』と評価される、ある意味一番自然な笑顔だ。
 別に、あれは成功なんてしなかった。殴られて終わり、三橋は1週間、俺と口を聞いてくれはしなかった。まだ『ただの友達』だった頃だから、お互いわかっていても、言わなかったことがたくさんあった。今より気兼ねをして行うことも、たくさんあった。例えば、抱きつかれて頭撫でるとか。

 空色のシャーペンをさらさら動かしながら、目の前の先輩をふと、見てみる。青い空がよく似合う人だと、思う。三橋は夕焼けのグラデーション、井上は湿っぽい夜空が似合うと私的に思うが、この人は、そう。まるで青い空のような。

「空にもいろいろありますよね」
「朝焼けに、夕焼けに、曇りに、晴れに、夜、とかね」
「先輩には、晴れた綺麗な空が似合いますよ。このシャーペンみたいな」
 雲で青を偽って、見透かせるような、それでもどこかわからない、不可思議な部分が。「大層な評価をされたもんだ」と、先輩は楽しそうに笑った。


 講義が終わったら、三橋を誘って夕焼けでも眺めようか。花粉症の彼女はきっと嫌がるだろうが、三橋と先輩に通ずるような青い空は、今ふたりでは見れないだろうから。
 先輩のように空色をしたシャーペンを置いて、終わったレポートの下書きをまとめながら、「あーちゃんとデート?」と忌々しげに尋ねてくる先輩に、「違いますよ」と言って、大半の人様には向けない、性根が腐っていそうな笑顔とやらを浮かべた。

「では、先輩」
「またね、後輩」


 学食を出て見上げた空には、思ったより雲があってなんとなく春らしく、やはりこの空は先輩のようで、おそらく今日の夕焼けは三橋のようだろうと、思った。




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