色は匂へと | ナノ


(常磐色/#007b43)
(常磐色のスタートライン)


「ほら、丸まった」
「あ、これなんか、見たことある」
 深い緑の葉をくるくると丸めて形作った筒状の小さなそれに、葵は「なんかの虫が作るんだよね」と笑った。虫なんて大嫌いな癖に、小さな蜘蛛が30センチ向こうにいるだけで、その空間にいれもしない癖に、よく言う。
 大学の構内、葉桜に先駆けて緑の葉を繁らせてきたそれから、一枚拝借して、濃い緑のそれで、幼げな遊びに勤しんでみた。今ここに、秋雨と綿貫先輩がいないから出来る芸当かな、なんて。

「こういう緑、綺麗だよね」
「名前、あったね」
「ビリジアン?」
「いや、日本語で」
 あったっけ、と珍しく意外そうに口にして、目を丸く僕を見ていた葵の髪に、またさっきと同じような深い緑の色をした葉っぱが、引っかかっている。

「葵」「え、」
「ほら、葉っぱが」
 さら、と風になびく長い髪の毛の間をすり抜けて、その葉に手を伸ばす。白い頬が少し、赤く染まった気がした。嘘だよ、気のせいだ。そうであって欲しいだけだ。
「常磐って、聞いたことない?」
「……いつかの少女漫画で」
「はは、少女漫画か、そうか」
 酒に浮かれてるみたいな、楽しい気持ちで笑う僕に、葵は柔く微笑む。「ときわ」「そう、常磐」「古風だね、素敵」「……古風、」確かに、緑の何がどう常磐なのか、調べてみなけりゃわからないなぁ。昔の日本人は、何を考えてこんな名前を付けたんだろうか。


「──あーちゃん、井上!」
「あ、みーくん!」
 ぱっと、春の空みたいな明るい表情で振り向く葵に、綿貫先輩も笑顔を返す。後ろにいる秋雨は、優しく微笑んではいるが、どこか僕に向けた憎しみを感じてならない。イケメン怖いです、なまじ嘘でもない。
 だがしかし諦めろ秋雨、僕と葵はふたり大学内のベンチで仲よくあんなことやこんなことをしたり話したりしていたのだ。七割語弊が含まれております、ご注意ください。葵以外になら虚構なんていくらだって、作り上げられるのにな。葵の何が、そこまで、僕の嘘を許さないんだろう。

「葉っぱ遊びなんて、三橋はともかく井上がやったらただひたすらガキ臭いよ」
「ちょ、秋雨」
「わーわー叶多くん、嫉妬?」
「みーさんもみーさんで嫉妬してますよね、井上に」
 わー、この葵同盟怖い。嘘です実際同盟は僕と綿貫先輩ふたりが組んでるようなもんだ。秋雨め、この野郎ヘタレの癖に顔と頭ばっか良いなんてずるくないか。いや間違いない、ずるい。


 空を見上げた。
 深い、自然の緑が繁っている。生命が輝く季節は、もう少ししたら咲き出してくるんだろう。
 さっき取った常磐色の葉を見て、今度はそうだ、笛でも作ったら、葵は喜ぶだろうか。

 秋雨がやった方が嬉しがるかな、それとも。




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