色は匂へと | ナノ


(若草色/#c3d825)
(若草はきみに落としていく)


「秋雨、秋雨見て!」
「……何、このただの草」
「ちっがーう! 若草!」

 うがー、と叫びたいのか唸りたいのか吠えたいのか、とかく人間らしくはない様子で、三橋は小さな身体をぴこぴこ跳ねさせて、不満を露にした。……19の少女がやることじゃない。
 三橋のお兄さん的な井上がいないから、三橋には近寄りたいだけ近寄れるが、流石に三橋は思考でも現実でも、理解し難いところがある。どこか他人と違っていて、どこか他人からずれている。俺では世界観が把握しきれない、三橋葵は浮世離れした人間、って感じだ。
 流行なんてさらさら無視した真っ黒の服に身を包んだ三橋は、ほらほら、と言って若草の色に俺を引きずり込む。普段はすっとした表情や大人びた言動をする癖に、ふと見たら幼いから、なんだか笑えてくる。


「春なんだねぇ」
「早いね。2週間前まで、」つまり俺の誕生日辺りまでは、「こんな鮮やかな黄緑、なかったのに」
「若草色だよー、ロマンないなぁ」
「色の名前のどこにロマンが」
「雰囲気!」爽やかに断言すな。
 3月も終わりの足音が近付いてきて、俺は「仕方ないなぁ」なんて微塵も思ってないことを言いながら、若草色の世界をざかざかと進んでいく三橋の後ろに、着いていく。
 周りに広がる春らしい色合いに、もうすぐしたら常磐だかビリジアンだかの濃い緑が増えるんだろうな、なんて思った。みーさんと三橋がお揃いにしていた文房具のような、菜の花色も増えてくるだろう。
「ねぇ秋雨」
「なに、葵」
「……言わない」
「はいはいごめん三橋、なに?」
「こういうの見てると、自分の内側に、何かがぽたぽた溜まるんだ」
「……、は?」
 また、いきなり突拍子もないことを。何故今になって、突然、本当に突然。

「若草の色が、ぽたぽた。それを吐き出したくて、形にしたくて、文章にするの」
「……じゃあ、次に俺が読む三橋の文章は、こんな風に若草の色をしてるんだ」
 繁る若草のように、あおく、みどりに輝く、明るい色のように。


「うん、そう」

 やっぱり気は抜けないな、と思った。芸術家肌の人間の思考は、顔ばかり持て囃されて、他は朴訥としている俺には、理解しようがない。したいとは思うし、そのジレンマがあるからこそ、人生なんだけど。
 さわり、と抜けた風はどこか暖かいような気がして、若草はそれに揺らされて、また彼女の胸にせかいを落とした。


 ぽたん。




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