色は匂へと | ナノ
(紅/#d7003a)
(きみに紅のしるし)
「紅だ、」
「馬鹿、あれはただの赤だよ」
「……そうかな」
「そうだよ」
僕は隣で、「でもあの色合いは紅っぽいよ、ねぇ、」などと言い続ける少女のような1つ年下の彼女に、溜め息を吐いた。あくまでも心のなかでだけで、表面は苦笑を装っていたが。
「紅葉葵の、紅だよ」葵と言う名の少女は、やたら花や本などの知識に長けており、故にあのただの和服屋の看板の赤色すら、こうして繋げてしまう訳だ。こんな風になった彼女を抑えられる人物と言えば、残念なことに僕にはただひとりしか思い浮かばない。
「三橋、井上が困ってるだろ」
「あ。秋雨」
秋雨叶多と言う名の大層な美少年である彼は、三橋葵の唯一とも言うべきストッパーであり、彼女の高校時代からの、友人のような恋人であった。高1時代に留年したが故に、歳上ながら同窓生の僕と、葵と、秋雨は、不思議な取り合わせのこの3人で行動を共にすることが多い。
友人である僕と葵はお互いを名前で呼び、恋人である葵と秋雨は互いを名字で呼ぶ。だから大学内ではたまに、僕らが三角関係などという、訳のわからない噂が立つのだ。ただ単に兄妹みたいなもんだから、としか言い様はないが、葵と秋雨に関しては、おそらく恋心とやらに溺れた葵の羞恥から、秋雨は名前で呼ぶなとでも言われているのだろう。憐れだ。
「で、何の話?」
「このお店の看板が、紅か赤かって話」
「……くだらない」はっきりきっぱり言ったぞ、こいつ。
ちなみに現在位置は、僕らが通う大学から一番近い街にあるデパート内だ。和風な物が好きな葵は、この店に入るなり「紅だ」と言い放ち、秋雨は更に上階にある文具店に、何やら以前予約していたものを取りにいっていたらしい。あ、いやこれは嘘でなく。
なんだろうか、なんて呑気に考えていた僕と、秋雨に必死そうな眼差しで「これは紅です」と主張する葵の横で、がさごそと鞄を漁り、……は、せずに、そのまま手にしていた袋を差し出した。
「ほら、これが紅」
そこには葵が創作活動において使用しているペンネームの判子があり、確かにそれは朱肉の色よりかは、紅に近かった。「わざわざ朱肉を紅にしてくださいって、頼んできたんだよ」あぁ、それなら確かに、紅だ。
ぽかんとしたままの葵の手を引き、その手にその判子を置く。「自分の作品にでも、使いなよ」なんか格好良さげなことを言ったな、この年下男子。
「あ、あり、がと」
「いいや、別に。っていうか紅ってむしろ、トマト的な色じゃない?」
「え!」
わ、また始まったよ。やれやれ。
まぁ、ラスト一文に関しては、嘘が5割は混じっておりますが、とかく葵は幸せそうだから、いいのではないかな。これで。
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