色は匂へと | ナノ


(濡羽色/#000b00)
(その濡羽色は一番の狂気)


 となりで、すぅすぅと寝息が聞こえる。ようやく泣き止んで、寝についたのだろう。柔らかい濡羽色の長い髪を指ですいて、ふと、同じような色の副で彼女が眠っていることに気づいた。胸元にレースのあしらわれた、それは寒いんじゃないか、と言いたくなるような薄手のワンピースが彼女の寝間着だ。今が初夏で、かつ布団をかぶって寝るからいい、と言い張る彼女の肩や腕、太ももはむき出しになっている。こっちの心臓に悪い。
 布団からはみ出した白い腕や足には、いくつもの、菫の花びらが散らばっている。俺がつけた痕。そしてそれには、血のような紅さを保ったままのものもある。全部俺がつけたものだ。
「……ん……」
 悩ましい声を上げながら寝返りをうった彼女の腕が顔面に直撃して、余韻も雰囲気もあったもんじゃない、と感じる。声だけにしてくれ、頼むから。
 ひりひりと痛む鼻頭を押さえながら、あれだけ盛大にひとを殴っておきながら、いまだに眠っている彼女の頭をぺしぺし叩く。
「あのさぁ……」
 寝返りをうったせいで、さっきよりもきわどく見える白い手足にため息をつくと、「むぅー」と彼女がうなる。あ、起こしたかな。

「うぅあ……かな、た?」
「はい、そうですあなたの叶多です」
「あなたじゃないー、あおいー」
「はいはい葵、寝なよ」
 上から下まで濡羽色にくるまれた彼女の髪が、ベッドの上で美しく曲線を描いている。俺はやっぱり変わらずきれいな、濡れた羽の色をした髪を撫でる。彼女はみゅあー、と猫みたく泣いて、俺にすり寄ってくる。本当に猫みたいだ。
 抱き締めると、ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐった。あぁ、もう、執着心がとどまるところを知らなくて困る。もし俺以外に葵を抱くやつがいたなら、そいつがどんなに葵を好きでも俺はそいつを殺すと思う。葵がそいつを好きでも、鳥葬なんかにして、えぐられる痛みで殺してやる。
 葵みたいに、きれいな濡羽色なんて俺には最初から似合わないみたいだ。むしろ葵だけが、そのきれいな濡羽の色を保てるような。全国の黒髪女性を敵にまわしたいわけじゃないけれど。

「叶多ぁ」
「うん、なに」
「ちうー」
「は、」
 寝ぼけた彼女からキスをいただきました。こうかはばつぐんだ! いやなんの効果だよ、と脳内でつっこんでみる。声にしてみようにも、ふさがれたままの唇から五十音を出す度胸はない。
 わずかに開かれた唇の隙間から舌を入れたら、とたんに瞳が見開かれた。あ、葵って瞳も濡羽色なんだ。黒が似合うっていいなぁ、と呟いてみる。やっぱり脳内で。
「……ぷへぇ」
「ビールを飲んだ親父か」
「うおー、目覚めた……けどなにこの恥ずかしい目覚め。いたたまれん」
「悩め悩め、かわいいから」
「歯が浮くわこのイケメンが」
「褒めてるのかけなしてるのかわからないんだけど」
 うぐ、と言葉に詰まった彼女は、本当に本当にかわいいし、手放したくない以前に手放さないし、離れたくない。
「叶多の髪って、きれいな濡羽色だよね。うらやましいなぁ」
「そっちこそ」
「えー……」
 そうかなぁ、と彼女は笑う。
 俺はきっとこの、少女みたいな同い年の女性に、とうに狂ってる。だから彼女にも壊れて欲しい、とは言わない。ただ俺から離れずにいて欲しいだけ。愛されて、愛していて欲しいだけ。
 濡羽色のワンピースのすそに手を伸ばすと、彼女がぴくりと肩を揺らした。同じ色をした髪が、ゆらゆらと耽美にゆらめいている。

「……変態め」
「だって、夜だから」

 お互いに笑った先のことは、もうわかってる。
 そう、ここは濡れた羽が慰めあう夜だから。なんだって、いいんだ。――もう。




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