色は匂へと | ナノ


(薄墨色/#a3a3a2)
(愛すべく彫られた薄墨がふたり)


 白いシャツに涙が落ちて、そこにじんわりと、薄墨色が出来上がっていくのを、俺は呆然とながめていた。彼女が言った言葉が、理解ならなかった。

『あーちゃんと、別れて』

 あぁ、そうだ。確か、そう言われたんだ。
 俺は人様向けの笑顔で、「冗談はやめてくれませんか」と答えた。三橋葵を手放す気なんか、俺には微塵もない。誰が、神がなんと言ったって、俺は葵を好きでいるし、葵も俺を好きでいる。それなのに、どうして『別れて』なんて言うんだ。
 最初に葵を傷つけたのは、あなたのくせに。
「この前、雑貨屋でラピスラズリを見た時、葵が泣きそうにしてました。多分、あなたのことを思い出して」
「……っ」
「葵を最初にどん底まで突き落としたのは、あなたじゃないですか」
 今さら、ヒーロー気取って葵を救おうだなんて、あほらしいことやめてください。あなたも井上も、俺と葵のなにが不満なんですか。愛し愛され、それでいいじゃないですか。なにがいけないんですか。
 彼女ははじめて俺に見せる涙を、ぬぐおうともせずきっと俺をにらんだ。怖くない。ちっとも怖くなんかない。葵に嫌われるようなことに比べたら。
 井上は俺に殴りかかって、『葵になにをしてるんだよ』と言ってきた。なにもしてないよと素直に答えたら、右手が降り下ろされて頬が腫れた。葵が泣いて止めて、ようやく事態はおさまった。人気がない場所で起きたのが幸いして、俺はチンピラに絡まれました、まる。ですべてを片づけた。

 井上も先輩も、なにが不満なんだ。
 俺達はただ、好きあってるから、お互いをお互いのものにしたいだけなのに。

「……間違ってる……」
「なにがですか?」
「間違ってる、よ。叶多くんもあーちゃんも、間違ってる。お互いを傷つけて、それで満足出来るの? 間違ってるよ、そんなの」
 先輩がなにか言うたびに、ぽたりぽたりと、シャツに薄墨が広がっていく。帰ったら、葵になにかされるかな。
 参ったな、嫌われないといいんだけど。

「愛して、愛されてます。これ以上はないけど、これ以上が欲しいから、してるんですよ。先輩」

 俺の感情はもう、薄墨の色をした石のようになってしまった。なにも思わず、なにも感じず、ただ、葵がそこにいて、愛してくれる証があればそれでよくて。
 葵を愛するべく彫刻された、薄墨の石。
 俺は先輩の肩を押して、今日は葵に頬を叩かれるか首を絞められるくらいは覚悟しなきゃならないな、と、シャツにいくつも広がった、薄墨のしみを見て思う。

「俺が死んでも、薄墨の手紙なんてくれなくていいですから」

 笑ってそう言った俺に、先輩は戦慄したように青ざめた。
 ほら、誰もここには入れない。




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