色は匂へと | ナノ


(菫色/#7058a3)
(菫の病的汚染)


 葵のスカートが、ふわりと風に舞った時、太ももにたくさんの痣を見た。もとは血生臭い赤だったのだろうが、今は紫色に変色した、身体。自分ではつくれないその色に、思わず背筋が凍りついた。
「……葵、それ」
「なんの話?」
 振り向いた葵は、ひらひらと舞っていたスカートを両手で軽く押さえて、やわらかく笑った。あんなにひどい痣が――あったのに、嘘みたいにきれいに笑っている。どうしてそんな風に、笑えるんだろう。
 その、痣。
 絞り出すように、かすれた声で言えば、葵はまた、「やだなぁ」とからから笑った。

「これ、病気なんだよ」
「……っ、え」
「皮膚感染する病気。叶多のばっきゃろーがうつしてきたの。だから叶多、最近全然肌見せないでしょ」
「そんなの、聞いたことない」
 医学部に通ってるわけじゃないけど、そんな病気聞いたことがない。それは、僕が見る限り、それは――、

「秘密、だよ」

 笑う彼女に、なにも言えなかった。
 僕はただそこに立ち尽くして、彼女のひそやかな笑みを、呆然とながめていた。そしてなにも出来ない、出来てない自分に、狂おしいほどの痛みを感じた。胸が千切れそうに痛くて、やりきれない。やるせない気だるさに、伸ばそうとした腕がぶらりと垂れた。
 それは、ねぇ。
 彼に殴られたんじゃ、ないんですか。違うんですか。つけられた傷じゃないって言うんですか、そんな痕なのに。

 ……ストックホルム症候群。
 なんかの本で読んだそれが、脳裏をよぎる。恐怖が愛情に裏返る、ろくでもない事態。
「菫の花びらなんだよ」
「……菫」
 あの、紫の。
 まるで、彼女の足に散らばる歪んだ傷痕、みたいな色をした。
「叶多はいつも、わたしに菫の花をくれるの。優しいね」
 やわらかく笑って彼氏を褒め称える彼女に、ぐらりとめまいがした。それは本当に花なのか、花を模した傷なのか、僕にはわかりそうもない。
 ストックホルム症候群なんて、いらない知識を身につけてしまったせいで、思考がこんがらがってしまう。あぁ、もう、僕は秋雨をどうしたいんだ。
「葵」
 優しげな声に振り向くと、菫の色をしたブックカバーに包まれた文庫本を持った秋雨叶多が、そこにいて。

 ぞっとするような目付きで、こちらを向いて笑った。
 あぁ、彼女は菫に汚染されたんだ。
 彼の手で、あんな風に痕を残されて。




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