色は匂へと | ナノ


(瑠璃色/#1e50a2)
(夜空に似た瑠璃の蝶)


「哀しい色をしてる」


 涙の色だ、と三橋は笑った。色より三橋が泣きそうに、ふと、痛んだ心をさらすように。葵が指差したのは、不可思議に光沢がある瑠璃の色をして、蝶を模した、イヤリング。みーさんへの誕生日プレゼントに早くから気を揉んでいた三橋が、なんとなく入った雑貨やアクセサリーの店で見つけたものだった。
 つやつやと様々な色を帯びた瑠璃色の石、ラピスラズリ。それは、三橋に何を感じさせたのだろう。「……いいや、また明日にしようか」
 静かに呟かれた言葉に、頷いて、店を離れた。
 出る間際、三橋がほんの一瞬、さっきのイヤリングがあった方を振り返ったことに、見ないフリをした。

(いやなことを、思い出したの)
(そっか)
(ラピスラズリ、あれ、わたしがみーくんに、あげてたの)
(……あぁ、昔、か)
 三橋が思い出したくない過去とやらは、大抵高校時代に遡る。今だってすべてがすべて安心安泰、な訳ではないが、しかしあの頃は本当に酷かった。オーバードースもすればリスカも遺書作成もして、挙げ句の果てには泣きながら身の回りのもの壊したり、して。
 そんな三橋が、今はきちんと、未だに不眠症ではあれど落ち着いて過去を見据えられているのだから、あの時一緒にいてよかった。一緒にいれてよかった。本当に、恋愛感情抜きにしても、そう思う。


 気分転換に向かった本屋で、三橋はふらりふらりと様々な場所に向かう。文庫、一般書、漫画、専門書、辞書事典。

「三橋?」
 ようやく彼女が立ち止まり、そこで無言に見つめていた本は、パワーストーンに関する専門書。三橋が高1の時に買っていた、誕生花に関する本と似たようなもので、写真があり、名前があり、石言葉や効能などについて、割と詳しく書かれている。
 開かれていたページを見て、なんとなく、苦笑した。(馬鹿だな、)自分から傷抉っても、楽しくないだろうに。

「……天藍石、または瑠璃」
「和名かな」尋ねたら、頷く。
「瑠璃色は、ラピスラズリ」
「瑠璃色って、英名がラピスラズリってこと?」
 また、頷く。
 三橋は本に記述されていない瑠璃色、ラピスラズリについて語り出す。三橋お得意の、雑学の時間です。俺みたいな凡人には要らない知識でも、三橋には大事な大切なことで、それを楽しそうに話す彼女が、酷く愛しい。
 西洋では伝統的に聖母マリアのローブの色として用いられていた瑠璃色でも、顔料としての使用例は高松塚古墳にわずかに瑠璃の顔料を使ったとの説があるに過ぎない。これはウィキからの情報らしい。あとは瑠璃色の英名がラピスラズリなのは、ラピスラズリの宝石を砕いて顔料にするからなんだとか、そんな。

「あと、蝶のルリシジミとか、昆虫や鳥にも、瑠璃色はよく示されてるよ」
「あぁ、オオルリシジミなら、見たことある」
「そうなんだ」
 いいなぁ、と、三橋は柔く笑う。「わたし、まだ見たことない」とか、多少不満そうにもしながら。そんな表情に、くすりと笑って、三橋が持っていた本を奪った。

「わ、」
「買ってあげるよ、これ」
「え、いやだから秋雨、わたしは、」
「三橋はみーさんに、買うんだろ。あのイヤリング」
 幸福を招く瑠璃の石。それで作られた、蝶のイヤリング。三橋が戸惑っていたのは、昔のようにラピスラズリを差し出して、昔のようにならないかと、フラッシュバックした過去から。それなら、後押しすればいい。俺が。
 三橋はラピスラズリを『哀しい色』と称したけれど、夜空みたいにきらきらと輝くあれが持つのは、必ずしも哀しさだけでないだろう。


「買ってきなよ。きっとみーさん、喜ぶよ」
 なんなら、揃いで隣にあった、アクアマリンのイヤリングも買えばいい。三橋、お揃い好きだし。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
 表情をあたたかくほころばせた三橋に、少しだけ、寂しさのような何かが湧いてくる。


(……名前、)

 一時でも、三橋公認で、彼女の名前を呼べていたみーさんが、羨ましいな、とか。井上にもそれは言えるけど。
 幸福の瑠璃色をしたページが開かれたままの本を手に、少し、情けない嫉妬をした。駄目な彼氏だな、つくづく。




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