クラシカル リビドー2/5
それから2日が経った。
暗い地下の拷問部屋で壁に両手を繋がれたセバスチャン。
そこに靴音を響かせながらやって来たのは。
「とても素敵よセバスチャン。そんな姿になってまで、御主人様への忠義を尽くすのね」
彼は傷の付いた顔を上げて、正面に立つ人物に言葉を返す。
「それが契約ですから。私と坊ちゃんの」
鞭が空を切り床を打つ音が鋭く鳴った。
それを手に持つ人物、アンジェラ ブランは、微笑みながらセバスチャンを見据えた。
「今頃、あの坊やは歯噛みしてるでしょうね。自分の無力さを思い知らされて…」
「ええ、そうでしょうね」
今回の事件では、未だ真相も黒幕も掴めず、シエルは振り回されている。
そして執事と引き離され、伯爵の権限もない今、頼れる後ろ盾は存在しない。
しかし。
「だとしても、坊ちゃんは行くでしょう。例え、」
“全ての駒が奪われ、ただキングのみが盤上に残されているだけだとしても”
「決して投了はしない。そういう方ですよ。我が主は」
「いい加減悪魔らしく欲望に忠実になったらどうなの?本当は辛いのでしょう?お前はもう随分人を…、人の魂を喰っていない筈…。その状態でこれだけの傷……本当はひもじくて仕方ない筈よ」
天使は悪魔に、持ち掛けた。
「取り引きしない?セバスチャン。いずれ本当のドゥームズデイがやって来る」
アンジェラの鞭が、傷ついたその体を滑る。
「その暁には欲しいだけ魂をあげる」
鞭の柄でセバスチャンの顎を押し上げ、アンジェラは距離を詰めて告げた。
「だからあの子から手を引きなさい」
が、悪魔は涼しい顔で返答した。
「お断りします」
「…っ!」
「片っ端から喰い散らかすような真似は、もう飽きました。
私が欲しいのは坊ちゃんだけ。他に欲しいものなどありません」
笑みを浮かべてきっぱりと告げられ、一瞬顔を逸らしたアンジェラ。
しかし笑みを浮かべると、再び彼に向き直る。
「なら、あの異端の少女は?」
「……やはり貴女ですか。彼女を幽閉するよう仕向けたのは。」
「流石に貴方も、異世界の人間の魂を食べた事はないのでしょう?」
そう問いながら天使は続けた。
「あの少女に関心があるのは分かっているわ。ねえ、セバスチャン。あの子ならどう?私は触れてもいない。玩(あそ)ぶなり喰らうなり好きにして良いのよ」
「……それで、取り引きのつもりですか?」
紅い眼が嘲笑の色を湛えて天使を見据えた。
「リユを…、神にさえ裁けない異端の存在を、悪魔に引き渡して厄介払いしようと?…何ともお粗末な話ですね」
「……っ、」
「貴女のような方に、彼女の存在は目障りなのでしょうが、私は主よりリユを守るよう言い遣っています。ですからその様な条件をのむ事はありません」
淡々と言うセバスチャンに、アンジェラは顔を顰めた。
「そう…じゃあ残念ながらこの交渉は、決裂ね…!」
振り上げられた天使の鞭が、鋭い音を立ててセバスチャンを打った。
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