イノセント メランコリー3/5
アバーライン、リユと共に、シエルが辿り着いた今回の事件の答え。
そこには劉の裏切りも含まれていた。
刃向かう駒に容赦はしない。
それに、リユを巻き込んだ劉に情けを掛ける気はなかった。
ただ、シエルが気に掛かったのはリユの事だ。
あの吸血鬼の命を嘆願した時のように、今回も阻もうとするのではないかと言う考えが頭を過ぎる。
ファントムハイヴのメイドとして自覚を持てと、銃を与えた時に告げてはいたが。
だが、それは杞憂だった。
少女はあっさりと。
自ら屋敷へ帰ると言ったのだ。
それもシエルが遠ざけようとしたアバーライン警部補と一緒に、と。
都合の良い展開に少し引っ掛かりを覚えたが、シエルはアバーラインにリユを任せて、劉のもとへ向かう事にした。
「待って…!」
執事と共に向かおうとした瞬間。
自分達を呼び止めた少女は、寂しげな笑顔を此方に向けた。
「二人とも、迷惑掛けてごめんなさい。……いって、らっしゃい」
それは、何かを捨てる覚悟の決まった声音に、シエルには聞こえたのだった。
ロンドン塔から放った砲弾で、あちこちから煙を上げる船上。
シエルは船室で、ソファに座る劉と向き合っていた。
「とうとう此処が見つかってしまったようだね、伯爵。こんな形で君と対峙しているなんて不思議だよ」
煙管を手に劉は微笑む。
「だけど我はこんな日がいつか来るんじゃないかと思っていたんだ」
「そうだな、劉」
シエルは彼へ銃を向けた。
一方劉は普段通りの柔和な表情のままだ。
「そうそう、探し物ならそこの棚だよ」
煙管で指し示めされた先にあるのは、箱に入った文書。
「ねえ伯爵。それに何が書かれていたと思う?ドイツとイタリアに対して軍事同盟を申し入れる外交文書さ」
その言葉に、シエルは手にとった親書を見て目を見開く。
「君の親愛なる女王はねえ、ヨーロッパを、いや、世界を戦争に叩き込もうとしているんだよ。阿片、いや、レディブランによるフランスへの侵略を口火に。
そう、嘗て君の国が我の母国を阿片で侵略した様に」
劉がそう言うと、シエルはそんな彼の顔を見つめ返した。
「それでも君はまだ、女王の番犬たろうとするのかい?」
「それがっ、…お前が僕を裏切った理由か?」
「いいや。全然。」
「だったら何故だ!それにっ、わざわざリユまで巻き込む理由があったのか!?」
声を上げる少年に、向かい合う劉は微笑を消して問う。
「…何の事?」
「とぼけるな、お前がリユをヤードに連行されるよう仕向けたんだろう!」
「あの子、捕まったのかい…?」
劉のその言い方にシエルは眉を顰めた。
「お前…じゃ、ないのか?リユがお前と関わっていると噂を流したのは、」
「ねえ、伯爵。」
劉がソファから腰を上げた。
「目的の為とか言っていたけどさ、随分あの子の事可愛がってるよね」
でも、と彼は口調ばかりは穏やかに付け加える。
「でも、甘いよ。……ただ、“飼う”だけならそれで良いんだろうけど。失いたくないなら、もっと気を付けなよ」
「……ッ、」
劉が一歩、前へ出た。
「どうやらあの子は君の駒じゃないようだけど。……私は君の駒。私達を繋ぐ絆はただ利害のみ。でもね伯爵。私は少し退屈してたんだ。君の駒である事に。だから遊んでみたいと思ったのさ」
それまで閉じられていた劉の眼が開き、口元に微笑が浮かぶ。
「命を懸けたゲームでね」
「っ!」
彼に向かってシエルは銃の引き金を引いた。
しかし劉は、即座に構えた青龍刀で銃弾を跳ね返す。
船室を飛び出したシエルは、執事の名を呼んだ。
セバスチャンと戦い、倒れていた藍猫の様子に目を留め、劉が言った。
「藍猫にそこまでさせるなんて…前から思っていたけど、やっぱり、人間じゃないね。執事君」
セバスチャンは口元に微笑を浮かべた。
「さて、どうでしょう。私は、あくまで執事ですから」
「ああ…面白い。面白いよ伯爵。こんなに面白い世界は、本当に現実なんだろうか。
私はあの時から、ずっと夢を見続けているんじゃないかって時々思うよ」
青龍刀を構え、劉はシエルに向かって駆け出した。
真っ直ぐに刃の切っ先が襲いかかってくる。
シエルは執事の名を叫んだ。
しかし、主人の元へ駆け出す彼を藍猫の攻撃が阻む。
正面から迫る刃が、シエルの見開いた瞳に映った。
しかし唐突に、それは遮られた。
自分と同じ程の背丈の、小さな背中に。
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