その姫、瑕疵1/2
リージェントドックで死体が上がったと、女王の執事が事件を持ってきた時。
私は、劉と藍猫の事は諦めるしかないと悟った。
やはり私の言葉くらいでは、劉の行動を変える事は出来なかったのだと。
諦めると同時に、一つ決意した。
せめて、あの警部補だけでも救いたいと。
劉も藍猫も救えないのなら、せめて。誰か一人だけでもと。
きっと、警部補でも私でも、どちらがシエルの前に飛び出しても、劉の刃は斬り捨てる筈だから。
「 ど、うして、」
零れた言葉は、ほぼ無意識だった。
私は両腕を広げたまま、唖然と目の前の切っ先を見つめた。
鋭く光る刃は鼻先ぎりぎりの位置で、止まっている。
「………はは、どうして、は、我の台詞だよ。リユ」
刃を向けたまま、劉は渇いた笑みを零す。
「どうして君が出てくるんだい?……伯爵、この子は君の盾なのかい」
その一瞬、劉の目がうっすらと開かれた。
私の後ろにいたシエルが我に返ったように声を上げる。
「っ、違う!」
とっさに肩を引かれてシエルの後ろへ下がるが、劉の刃は既に下ろされていた。
「兄、様……」
少し離れた所に立つ藍猫が不安げに劉を見つめる。
彼女のすぐ傍にいたセバスチャンが私を見て目を見開いていたのだが、それには気付けなかった。
それよりもただ、私を斬らなかった劉に驚いていたのだ。
再び閉じられた彼の瞳に、真意は映らない。
だが、徐々に落ち着いてきた私の頭にある考えが浮かんだ。
それはあまりに唐突だったけれど。
ただ、思い浮かんだ途端、奇妙に納得する自分がいた。
庇うように私の前に立つシエルから離れて、前に出る。
「劉、さん……、妹が、居たんですよね」
ぴくりと彼の眉間が動く。
「……うん。藍猫は我の妹だよ」
「ううん、違うよ…」
藍猫を見ると、彼女は見た事のない不安げな顔で此方を見ていた。
その髪に、以前私とお揃いでと劉に買って貰った翡翠の簪が挿してあるのに気が付く。
胸が、締め付けられた。
私は藍猫に微笑んでから、劉へと向き直る。
「違うよ、劉さん。本当の妹…居たんでしょう?」
「……っ、」
口を閉ざしたままの彼。
私は静かに続けた。
「私、ずっと、貴方が私に構ってくれるのは暇潰しなんだと思ってました。それと、シエルさんの所に居る、何の戦力にもならないような風変わりな人間に興味が沸いたからだって。」
“レンにもそうだったけど、君への興味も裏切られちゃったなあ”
あの時、劉が言った言葉は本心だった。
自分を楽しませてくれるような特異な物を、劉は見たかったに違いない。
「でも、それだけじゃないんですよね…?」
彼は別の気持ちも、持っていたのだ。恐らく無自覚に。
でも私が無傷で此処に居ると言うのは事実だから。
「貴方は私に……、妹さんを重ねてたの?」
「……!!」
動揺を隠すように劉は僅かに身を引いた。
“護身術を教えて欲しいなら良い人知ってるよ”
自分の身くらいは一人で守れるようになりたいと言った時。
……最初のきっかけをくれたのは、劉だったのだ。
「劉さん…私っ、」
「あはははっ!」
劉が空を仰いで笑い声を上げた。
「いやあ、驚いたよ。君は思ったより我を楽しませてくれるね」
柔和な口調とは裏腹に、彼は再び青龍刀を握る手に力を込めた。
「でも。これは我と伯爵のゲームだ。……君はもう、要らないよ…!」
「リユッ!!」
私の後ろでシエルが叫ぶ。
駆け出した劉の刃が、真っ直ぐに私を狙った。
ドン……っ!!
「、っ!!?」
体を押し飛ばされる突然の衝撃。
立っていた位置から、私は真横へ滑るようにひっくり返った。
†
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