傾城寵姫 或是、桃源女巫1/2
“劉さん、藍猫ちゃん”
店主を失った居酒屋チェリーブロッサムで。
“私やっぱり、二人の事も大好きです。だから、”
まるで願うように、祈るかのように。
“またこうやって、楽しく遊びに行きたい、です”
少女は口元に笑みを、瞳に哀惜を湛えてそう言ったのだ。
阿片の靄が視界を覆う薄暗い地下で、劉はソファから腰を上げる。
「とりあえず、上へ行こうか。此処は空気が悪いからね」
「早い内に手を引け。以前そう忠告した筈だが?」
シエルは横を通り過ぎる劉に告げる。
すると彼は歩みを止めずに言った。
「昔荘周、夢にて胡蝶となる。栩栩然として胡蝶也…、」
そこまで言って立ち止まり、劉は少年伯爵を見遣った。
「この世界にはねぇ伯爵。現実が辛過ぎて生きられない人達がいる…。我はそんな彼らに、夢を売っているのさ」
上の部屋へ向かう途中、劉は思い出したように、後ろを歩くシエルに問いかけた。
「そう言えば伯爵、君の所の蝶は今日は一緒じゃないのかい?」
「蝶?……リユの事か。彼女は馬車で待たせてある」
「へえ、やっぱり連れて歩いてるんだねぇ。あの子ってさ、ぶっちゃけ伯爵の何?愛人?」
「愛っ!?っ、そんな訳あるか!あれはただのメイドだっ!」
「えー、そんなムキになるなんて益々怪しいなぁ。ねえ、藍猫?」
劉は隣りの藍猫に笑みを向ける。
シエルは自分の後ろで嘲笑を浮かべる執事を睨み付けてから、劉へ答えた。
「……僕の目的の為に彼女が必要だから傍に置いている。それだけだ」
視線を落としたシエルを、劉はチラリと振り返った。
その更に後ろでは、表情の無い執事が静かに主人を見下ろす。
「ふーん…そう」
興味の薄い返事をしてから、劉は明るく声を上げた。
「ねえ伯爵、せっかくだからリユも呼ぼうよ。藍猫も会いたがってるし、ね?」
そう言われ黙ったまま頷いた藍猫は、しかし、本当に少女を見たいのは劉の方だと分かっていた。
話を終えて部屋を出て行く伯爵とリユを見送り、劉はソファから腰を上げた。
窓の外を見下ろすと、馬車の中へ乗り込む伯爵の姿が見える。
馬車の外に立つ執事は中に居る主人と何か会話をしているようだが、此処からは声は聞こえない。
暫くすると遅れて走ってきた少女の姿が見えた。
少女を馬車に乗せ、執事も乗り込む。
去っていく馬車を見届けてから、彼は背後に控える青年へ声を掛けた。
「さて、サオ。伯爵の望み通り、情報を流してくれるかい?彼が、死んだ男から、ある文書を手に入れたらしいと」
「文書、ですか」
劉は窓の外へ視線を戻した。
「……伯爵、これは我達が関わった中でも、最高のゲームになるかも知れないね」
そして、あの風変わりな少女。
当初抱いていた期待は外れ、どこにでもいるような人間だったのだが。
「あの伯爵が入れ込んでるんだから、少しくらいは期待しているよ」
せいぜい、楽しませてくれれば良い。
このゲームを僅かばかりは彩る蝶のように。
(破滅へ誘う傾城の寵姫かそれとも、桃源郷へと導く巫女か)
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