眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、悪手1/6

“シエルさんへ”

“これは私が貴方へ宛てる、最初で最後の手紙です”
“私を拾ってくれた事、そして私の居場所は此処だと示してくれた事には幾ら感謝を伝えたって足りません。そんな貴方へ、微々たるものですが、私から恩返しをさせて下さい”

“これを全て読み終えた時、シエルさんの目的が速やかに遂行される事を祈ります”



「さあ、それでは皆さん。各自仕事に取りかかって下さい」

「「「「はーい!」」」」

「ほっほっほっ」

いつも通りの始業時間。
いつもと違うのは、此処がタウンハウスであると言う事だ。
ロンドンでの買い出しや、ファントム社の視察、その他色々の雑用をする為、ファントムハイヴの全員が昨日から町屋敷に来ている。

セバスチャンがシエルを起こしに向かい、他のみんなも買い出しの支度を始める中、私はいつも通りにお茶を飲むタナカさんに声を掛けた。




リージェントドックで見つかった死体と、その捜査に来たスコットランドヤードの警官達。

周りには野次馬が集まってきていた。
そんな人集りを通り抜けてヤードの方へ進むと、アバーラインの声が聞こえてくる。

「被害者は急所を一突きでやられています。物取りと言うには、些か手際が良すぎるような…」

そんな彼に答えるランドル卿の声。

「なら、マフィア共の争いだろう。イタリアンかチャイニーズか…。妙な新型の麻薬も出回っていると言う話だしな」


「いずれにせよ、身元の特定からだな」

「その必要はない」

と、アバーラインの言葉を止めたのは私の前を行くシエル。
アバーライン警部補とランドル総監が此方を振り返った。

「その男はジョン スタンレー。これが身元の詳細だ」

セバスチャンが資料の入った封筒をランドルヘ持って行く。
彼は受け取った封筒の中を確認しながらシエルに問い掛けた。

「どういうつもりだ?」

「情報提供は市民の義務だ。貴殿がいつも言っている事だろう」

「心にもない事を…」

ランドルは資料から顔を上げた。

「何が目的だ?はっきり言え。」

「では御言葉に甘えようか、ランドル卿。この男の所持品を見せてもらいたい」

すると、アバーラインが死体を見下ろしてシエルに答えた。

「いや、何も持っていなかった。身分を証明するものすら、無い状態で」

「では、協力出来て幸いだ。アバーライン警部補。…行くぞ、セバスチャン」

「はい」

私は先にシエルに道を空けて、それからランドル達の方に頭を下げその場を後にした。


タナカさんが御者を務める馬車の中。
私の隣に腰掛けているのはセバスチャン。
そんな彼の向かいではシエルが黙り込んで座っていた。

「どうなさったのです?いつにも増して世を拗ねたようなご様子。」

「これが愉快な顔でいられるか」

そう言うシエルに執事は言葉を返す。

「御謙遜を。そのお顔、私には充分愉快ですよ」

「………、」

その発言に私が無言の視線を送ると、紅茶色の目が此方を向いた。

「貴女もどうしたのです。今朝から嫌に大人しいですね」

「え、もしかして私が大人しいとセバスチャンさん愉快ですか?」

「いいえ。リユの場合は気味が悪いですね」

「気味が悪い…っ!?酷っ…!」

そんなやり取りにシエルは溜息を吐いてから言葉を零した。

「少し戸惑っているだけだ。情報が少な過ぎてな」

晴れない顔の主に、執事はただ笑顔を返す。

揺れる馬車の中で、私は今朝の事を思い返した。


私が知っている話の流れ通りに、今朝タウンハウスへ番犬の仕事を持ってやって来た女王の執事。

ちょうど談話室を掃除していた私は、そのままそこで同席する事になった。

アッシュとシエルがソファに座り、その後ろに控えるセバスチャンと私。
セバスチャンの用意したスイーツは緑茶と羊羹だった。

「今朝、リージェントドックで死体が上がりました。男の名はジョン スタンレー。商船会社を経営しています」

シエルは渡された資料に目を通しながら話の先を促す。
湯呑みで茶を啜り、アッシュは話を続けた。

「この男は陛下の密命で動いていた裏社会の人間です。シエル様、貴方と同じように。…陛下宣わく、」

彼が不意に自分の手を出した。
と、手品のように次の瞬間にはその手の中に手紙が現れた。

「シエル様には、彼がその時所持していた、ある物を捜し出して処分して頂きたいのです」

アッシュは女王からの手紙をシエルの方へ差し出す。
しかし女王の番犬は、それを受け取る前に疑問を口にする。

「犯人を見付ける事ではなく?」

「はい。陛下の御要望は、所持品の処分。それだけです」

手紙を受け取りながらシエルは女王の執事に訊ねる。

「で?そのある物とは、」

問い掛けた声にアッシュの微笑みが重なった。

「内緒です」

「…それでは捜しようがない、」

カン ―― !

アッシュの羊羹に入れられたナイフが、皿にあたって高い音を出した。

その場に、一瞬の沈黙。

シエルの言葉を遮るような音を出したアッシュは怪しく笑みを浮かべる。

「……あの御方が、最も信頼する忠実な番犬たる貴方にすら、内容を語るに憚られるもの。」

彼は切った羊羹をホークに刺した。
そして、普段通りの柔和な笑顔に戻る。

「努(ゆめ)、好奇心に駆られて、中身の確認などなされませんよう。」

女王からの命と忠告をファントムハイヴ伯爵に伝えたアッシュは、前回と同じ様に帰って行った。

彼は馬車に乗り込む前、ヴィクトリア女王は近々フランスで開催されるパリ万博に赴く予定なのだと言い置いて。
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