伯爵の請願と葬儀屋の提供
閉じこめられた死神図書館から、執事と死神達を修道院に転送し終えると、アンダーテイカーは傍らに立つ少年へ声を掛けた。
「さぁて、それじゃあ小生達も行こうか、伯爵」
「……待て、アンダーテイカー」
「 ?」
シエルの制止に、彼はシネマティックレコードへ書き込もうとした手を止める。
「どうかしたのかい?」
「お前に一つ、頼みがある」
真っ直ぐに此方を見上げてくる少年。
アンダーテイカーは首を傾げた。
「頼み事?伯爵が小生にかい?なら、いつもみたいに極上の笑いを、」
「悪の貴族、としてじゃない。これは…」
シエルがアンダーテイカーを遮り、一瞬迷うように言葉を切ってから再び口を開いた。
「これは最初で最後の、個人的なものだ。
……もし、僕がいなくなったら…。リユを、お前に預かってもらいたい」
少年の口から出た言葉に、アンダーテイカーは前髪の奥の目を見開いた。
それから、いつも通りの笑みを浮かべて問う。
「あのメイド君かい?どうして小生に?」
「……お前が人間じゃないなら話は早い。あの死神達のように知ってたんだろう?リユがこの世界の人間じゃないと」
「まあねぇ…。滅多にお目にかかれるものじゃないから、伯爵が初めて連れてきた時は驚いたけどねえ。本当に君は面白いよねえ」
にやにやと笑うアンダーテイカーに、シエルは眉根を寄せた。
「僕の話はいい。……彼女は…、リユは、この世界で生きる術を持たない。だが元の世界への帰り方が分からない以上は此処に居るしかないだろう」
「だから、彼女の事情を知る小生の所にって?」
「……勝手な要望なのは分かってる…。らしくない事も」
目を逸らして呟くシエル。
「ブフ…ッ!らしくないって自覚はあるんだねぇっ、」
「っ!笑うな!」
しかし、アンダーテイカーはすぐに笑いを引っ込めた。
「いいよ。」
「え?」
「もし伯爵が居なくなったら、小生があのメイド君をみてあげても」
但し、と彼はシエルの方へ腰を屈め、視線を合わせて微笑む。
「伯爵が小生特製の棺に入ってくれるならねぇ」
そう言ったアンダーテイカーに、シエルは真っ直ぐ碧の目を向けた。
「ハッ、……抜け殻くらい、幾らでもくれてやる」
「ああ、そうだ。」
ぽん、と手を打ちアンダーテイカーは思い出したように口を開いた。
「さっきの伯爵の“らしくない”発言だけどさぁ、」
「……っ、うるさい」
「面白かったから、一つ小生から情報を提供してあげよう」
「情報?」
疑問を浮かべる少年に、アンダーテイカーは忠告するように言った。
「伯爵が傍に居られるうちは、なるべくメイド君から目を離さない方がいい。彼女の事、大切に思っているならねえ」
「どういう事だ?」
「狙われてるのは伯爵ばかりじゃないって事さぁ。メイド君のように変わっている存在を忌み嫌うものだっているかもしれないよ?」
アンダーテイカーの前髪に隠れた目が、不意に宙を見上げた。
シエルはその視線を訝しげに辿って、それからはっと目を見開いたのだった。
(何もないその宙は、先程まで天使のいた場所だった)
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