その姫、不在につき。3/3
改竄されそうになった記憶を捨て去ったシエルの身体は、高く宙に浮いた。
そして、溢れ出していたシネマティックレコードが次々と体の中に収められていく。
予想外の出来事に慌てるアンジェラ。
グレルは宙に浮いた少年を見て声を上げる。
「自力でシネマティックレコードを巻き直すなんてッ!!」
「坊ちゃん…っ!」
レコードを収め、落ちてくるシエルを受け止めたセバスチャン。
「なんて無茶な事を…っ」
シエルは目を覚まし、執事を見た。
「セバスチャン…僕は……」
「貴方はいつも、私の想像以上を見せてくれる。流石は私の魂…、いえ、私の坊ちゃんです」
腕の中の主人に、執事はそう言って微笑んだ。
「ああ…なんと不浄の心は恐ろしい…。堕落し、淀み、光りなく…。
やはり情けを掛けるのではなかった。貴方をこの場で、浄化して差し上げましょう」
天使は、冷たい紫の瞳を少年とその執事に向ける。
主を降ろして、執事はシルバーを構えた。
「お相手致しましょう」
「図書館での騒ぎは死神の管轄。我々もいきますよ。グレル サトクリフ」
「oh Yeah〜!!アアン!三位一体!熱い戦いの扉が今開かれるゥ〜!」
天使と対峙し、並んで武器を構える悪魔と死神達。
と、その前を、本を積んだワゴンを押して通り過ぎる、一人の人物。
「はいはい〜っ、ちょいと前を失礼しますよぉ〜」
本棚に向かうその後ろ姿に、シエルが声を掛けた。
「アンダーテイカー?」
アンダーテイカーは、シエルに手を振り返す。
「ちょおっとぉ、何でアンタが、…ッ!!」
言いかけたグレルが、デスサイズでウィリアムに殴られた。
「言葉を慎みなさい!この御方は彼(か)のロビン・フッドの魂を審査し、マリーアントワネットを地獄送りにした凄腕、泣く子も進んで魂を差し出す、伝説の死神です!」
ウィリアムが浮かべるのは、眼鏡を掛けた怜悧な美貌で死神の鎌を携えるアンダーテイカーの姿。
その想像図にグレルは全然違うと抗議して、アンダーテイカーのもとへ駆け寄った。
「だいたい、この冴えないオッサンのどこが伝説の死神…っ、」
言いかけたグレルは、アンダーテイカーの前髪に隠れた顔を覗いた途端、「抱いて」と、その胸に寄り添った。
その時、アンジェラが羽根を広げて飛び上がった為、シエルとセバスチャンはそちらに気を戻す。
「お忙しいようですので、あの修道院の不浄から片付けると致しましょう」
そう言う天使の背後には光り輝く丸い空間が出現していた。
「また逃げるつもりですか!」
セバスチャンが宙に浮く天使を見上げる。
「あなた方に、穢れが支配する世界の結末がどうなるかを、見せて差し上げましょう」
光りに消えていくアンジェラ。
セバスチャンはそこへシルバーを投げたが、空間は閉じ、シルバーは跳ね返った。
同時に、それまで白かった図書室がセピア色へと変わる。
「これは…」
シエルが辺りを見渡して呟く。
「天使の結界…」
ウィリアムの声が静かに響いた。
「開かナイ〜ッ!」
「やれやれ…どうやら閉じ込められてしまったようだ」
扉を開けようとするグレルと、溜息を吐くウィリアム。
その様子を見ていたシエルは、はっとして傍らの執事を見上げた。
「セバスチャン!リユはどうした?」
「彼女はまだ、修道院に残っています」
「なんだとっ、……、リユは、ピストルは?」
「はい。持っています」
その時、本棚に収まっていたシネマティックレコードが、突然飛び出して床に落ちた。
パラパラとページが勝手に開く。
それをウィリアムが拾い上げた。
「これは…あの修道院にいる者のシネマティックレコードですね?」
ウィリアムがそこに記されていく文章を読み上げた。
「プレストン外れの修道院に、虐殺の天使が降臨する」
「虐殺の天使?」
シエルはセバスチャンと顔を見合わせた後、アンダーテイカーへ歩み寄った。
「アンダーテイカー、此処から抜け出す方法はないのか?」
それを聞いたグレルが口を挟んだ。
「だーかーらぁ、どうやって出んのヨ。扉も開かない訳だし」
「修道院にはまだリユが残ってる。せめてセバスチャンだけでも此処から、」
シエルの言葉をウィリアムが遮った。
「いや、あれがある。死神派遣協会の中でも、管理官クラスの死神にしか持ち出せないと言う究極の死神道具。その名も、デスブックマーク…」
アンダーテイカーは笑いながら、懐からピンク色の栞を取り出した。
(こうして物語を止めておけば赤ペンが入れられるのさぁ〜)(セバスチャン、命令だ。必ずリユを連れ戻せ)(イエス マイロード)(Σああっ!セバスちゃんが消えたァ!?)
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