眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、不在につき。1/3

苛立っているかと訊かれれば、執事の心境はイエスであった。

気を抜いていたつもりはないが、平生より集中が欠けていたのは否めない。

この修道院へ着いた時から、セバスチャンはあの天使が関わっているだろう事は予感していた。
ただ、その狙いが解らなかったのだ。自らの主人である少年なのか、それともリユなのか。

初めて天使、アンジェラと出会ったのはヘンリー卿の屋敷。

真意の読めない天使だったが、リユは、メイドに扮した彼女の事を何か知っているようだった。
だからこそ、挑戦的に薔薇の枝を送りつけた筈。
そして天使も、彼女に目を付けたのだ。

しかし、だ。

少女誘拐事件の時に裏に居たのは恐らく天使であったし、カリー品評会の騒ぎの裏に居たのも天使であっただろうとセバスチャンは推測できた。

どちらも“不浄”の単語が纏わりつく。
そしてこれらは、シエルを狙っていたように思える。

ただ、カリー品評会前日にタウンハウスで一瞬感じた気配は。

リユは何もないと下手な誤魔化しをしていたが、セバスチャンはあの気配がアンジェラであったのではと考えている。
ならば天使は、わざわざ出向いてまで少女に会いに来たのだ。

一体アンジェラの目的は何なのか。
いっそ、少女を問い詰めた方が早かっただろうか。

けれど結局、主人を連れ去られてしまったのだ。
自らの集中と推測が乱されて、悪魔は苛立った。

しかし今は、主を救出する事だけに専念出来る。
修道院に残った少女の事を考えるのは後で良い。

優先するべきは、契約者である少年なのだから。


思案しているうちに執事は、浚われた主を追って飛び込んだ空間を潜り抜けた。
死神と二人降り立ったそこは。

「げっ、ココ、死神図書館じゃナイ!」

グレルの視線の先には真っ白な建物。

「あの中にシネマティックレコードが収められてんのヨ」


図書館に着き扉を開けたセバスチャン。
と、いきなり中から鋭いものが飛んできた。
軽く首を傾げて避ければ、後ろにいたグレルが慌てて上体を反らした。

「不快な臭気がすると思えば、やはり貴方ですか」

玄関ホールに立っていたのは、死神派遣協会管理課のウィリアム T スピアーズだった。

「ウィル…!」

「悪魔風情が我々の領域に踏み込むとは」

「待ってヨウィル!こっちはアンタの命令でドゥームズデイブックをっ…」

「全く。死神が、自ら害獣を招き入れるなど…。グレル サトクリフ、貴方は更なる降格を望んでいる様ですね」

ウィリアムの発言に、グレルは小さなデスサイズを持ち、今度は何になるワケ…?と弱腰だ。

と、セバスチャンが、ウィリアムに向かって口を開いた。

「害獣駆除も結構ですが、舞い込んだ羽虫の気配は放って置かれて良いのですか」

ウィリアムが目を見開いて呟く。

「天使…」

「ええ。」

ウィリアムは眼鏡のフレームをデスサイズの先で器用に持ち上げた。

「どうやら、定時には帰れなさそうだ」



一方、執事の主人である少年伯爵は、過去の悪夢から目を覚ました所だった。

炎に呑まれていく屋敷に、継ぎ接ぎに繋がった父と母の顔。
それを自分に見せる白い翼の天使。

それらから逃れるように目を開けたシエル。
寝椅子から身を起こすと其処は途轍もなく広い真っ白な図書室だった。

「お目覚めになりましたか?」

声をかけてきたのは別の寝椅子に腰掛けている、白い翼の天使。

「お前…だったのか。アンジェラ ブラン…っ、」

「過去の手触りは如何でした?ビロードの艶なる滑らかさ、それとも洗い晒しのコットンの、」

「黙れ!!あれは…、」

シエルは教祖の手の感覚を思い出しながら口を開いた。

「あの手は父の手だった…っ」

アンジェラは黙って微笑む。
シエルは天使を睨み付けた。

「お前が殺したんだな?」

寝椅子から降り、アンジェラに問い詰める。

「何故だ、何故僕の両親を殺した…っ!それでお前にどんな利益がっ、」

「殺す殺すと物騒ですねぇ。御両親を手に掛けたのは、私だけ、ですか?」

疑問の色を浮かべるシエルにアンジェラは続ける。

「貴方の執事が、いいえ、貴方がもう一度、彼らを殺したんじゃないですか?」

天使は口元に笑みを浮かべた。

「お見事ですねぇ。あの様な歪な過去に触れ、なお自我を保てるとは」

椅子から腰を上げ立ち上がったアンジェラ。
シエルは身構えた。

「貴様……っ」

「貴方は穢れ切っている」

ふわりと羽を広げて、天使は少年のそばへと飛んできた。

「しかし、その薄皮を一枚剥げば、捨て置くには惜しい輝きがある…」

シエルの顎を掴み、アンジェラは自らの羽根で少年を包み込んだ。

「私が貴方の穢れ切ってしまった不様な過去を変えて差し上げましょうか?」

その言葉に碧の隻眼を見開くシエル。
しかしすぐに、少年は天使を振り払った。

「ふざけるな!穢したのはお前じゃないか」

するとアンジェラは微笑を湛えて少年の顔に掌を翳した。

「……っ、」

視界が暗くなって、シエルの意識はそこで途絶えた。
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