その姫、質疑4/4
一先ず、アンダーテイカーの店まで帰って来た私達。
「ところで、何故貴方が図書館に?もう現役は引退された筈では?」
「いやあ、彼のお陰で思い出したんだよ」
ウィリアムの問いに、アンダーテイカーはグレルからお茶を受け取りながら答える。
「シネマティックレコード、すっかり借りっぱなしにしててねぇ」
「なんだそれは…」
シエルが呆れる。するとアンダーテイカーは、そんな少年に告げた。
「そう言えば、小生が借りっぱなしにしていた本の中に、ファントムハイヴ伯爵夫妻の本もあったねぇ」
はっとするシエルに、彼は続ける。
「天使の手による改竄のない本当のシネマティックレコード。その内容を知りたいかい?」
一瞬の沈黙。
執事の紅茶色の眼が、ちらりと主人の横顔を見遣る。
「いや、いい。」
そう、一言。
シエルは言葉を返すと棺から腰を上げて帽子を被った。
「行くぞ、セバスチャン、リユ」
「御意」
「はい、」
シエルの声に返事をして、私は彼に続き店を出る。
セバスチャンと共に、アンダーテイカー達に頭を下げて扉を閉めた。
既に先を歩くシエルを追うセバスチャン。
私は少し歩いてから足を止めた。
「どうしました?」
いち早く気配を察する執事が振り返る。
「ごめんなさい、忘れものです!先に行って下さいっ、すぐ戻ります!」
溜息を吐く二人を置いて、私は葬儀屋まで戻った。
「すいません…!」
勢い良く扉を開けると、まだ残っていたウィリアムとグレルが私を振り返る。
アンダーテイカーは相変わらず、棺桶の上に腰掛けたまま笑みを浮かべていた。
「いらっしゃぁい、メイド君。さっきぶりだねぇ」
「ちょっと小娘、まだ何か用あんの?」
不機嫌なグレルの声も今は構ってられなかった。
「皆さんに、訊きたい事があって…」
三人の死神をそれぞれしっかり見渡し、私は口を開いた。
「私は、異世界の人間で…この世界とは違う魂の持ち主で、異端なんですよね」
グレル曰わく、狩れないのだと切り裂きジャック事件の時に聞かされた。
「それで、はっきりとは分からないけど、此処に来た理由が、クラレンスさんの……サクラさんと出会った事で止まってしまった運命を動かすのが目的だったとしたら、」
ウィリアムは言った。
私の伯母であるサクラさんが嘗てこの世界でクラレンス ミルズと暮らしていたと。
「私のこの世界へ来た目的は、もう終わった事になる。
なら、私が此処で死ぬ事で、何かこの世界に影響を齎(もたら)したりはしますか?」
ピクッと反応したのは二人の死神。
しかしアンダーテイカーは笑みを浮かべて訊ねてくる。
「君は、この世界で死にたいのかい?帰りたいんじゃなく?」
「……例えば。例えば私が、誰かの身代わりで死んでしまったら、それはこの世界の生き死にのルールや流れを悪い方に壊す事になるんでしょうか」
それに反応したのはグレルだった。
「ハッ、馬鹿じゃないの。お生憎様。アンタの存在はそんな大きなモノじゃないわよ」
「え?」
「つまり、現時点での調査の結果、貴女の行動が死神の管理する運命に差し障る事は無いと言う意味です」
ウィリアムが眼鏡越しに私を見つめる。
「ですから仮に、先程の例のような事が起きたとしても、それは貴女がその人物を助けると言う流れだったと言う事になるのです。
何故かは分かりませんが、貴女はこの世界の流れに上手く組み込まれている…」
“彼女”とは違って、と呟くウィリアム。
眼鏡の死神が語った話を、私はゆっくり頭の中で咀嚼した。
つまり、私が知っているアニメの中で死ぬ筈の人を助けても、心配しているような最悪な事は起きないのだろう。
「そう、ですか…。ありがとう御座いました…!」
頭を下げた私に、アンダーテイカーの声が降ってきた。
「ねえ、メイド君。小生はさっき、図書館で伯爵に自分が居なくなったら君の事を頼むってお願いされちゃったんだよぉ?」
「え……?」
驚いて顔を上げると、アンダーテイカーは人差し指を立てた。
「最初に最後で一つだけ、ってねぇ。ファントムハイヴ伯爵からの個人的な願いだって。」
「シエルさんが……」
さっき、修道院で言われた言葉。
“リユ、お前はアンダーテイカーの所へ行け”
あれは、そう言う意味だったんだ…。
「ねえ、メイド君。」
いつの間にか立ち上がっていた彼が、腰を屈めて前髪の奥から私を覗き込む。
「君はもっと自分を大事にした方が良い。君を思ってくれる周りの為にもねぇ」
もっともだと思う。彼は正しい。
でも、私はもう決めたのだから。
「ありがとう、葬儀屋さん。」
もう一度、その場に居た皆に頭を下げてから私は店を出て行った。
(遅い!!いつまで待たせる気だっ)(きゃああっすいません!シエルさん御立腹!?何故に?)(糖分不足ですね、坊ちゃん)(黙れ。……セバスチャン、帰ったらガトーショコラを焼け。)(畏まりました)(ず、図星…)(リユ、何か言ったか)(いえ何も!!)
(訊きたい事は全部聞いた。後は行動に移すだけ)
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