その姫、質疑3/4
崩壊した修道院から出ると、遠くに立っていたアンダーテイカーとシエルの姿が見えた。
「リユ…!!」
其方へ向かうグレル、ウィリアムと入れ替わるように、シエルが心配した表情で私の方に駆けてくる。
あ、そう言えば聖歌隊の服装のままだ。
昇り始めた朝日を背に駆けてくる少年は、何というか。
「とんでも無く美少年ですねシエルさん!参るわもう!」
「な、……馬鹿かお前は。」
「はあ…全く貴女と言う人は…」
「え!?なんでそんなに呆れるんですか二人とも?」
セバスチャンに降ろされた私は、燕尾服を彼に返し、シエルに向き直った。
「シエルさんが無事で何よりです」
「ああ…、」
少し和らいだ彼の表情は、しかし崩れ去った修道院を見て再び曇った。
瓦礫の山が朝日に照らされて、砕けたステンドグラスがあちこちで小さく光っていた。
シエルはそちらへ歩み寄っていった。
此方からは、その小さな背中しか伺えない。
「終わったのか…僕を底知れぬ闇へと突き落とした存在…。その理由も分からないまま……」
独り言の様に静かに紡がれた言葉の後、シエルはセバスチャンを振り返った。
隻眼の碧の目が、彼から私へと移る。
「リユ、お前はアンダーテイカーの所へ行け」
隣りに立っているセバスチャンも、促すように静かに私を見下ろす。
私は頷いて、何も言わずにその場を後にした。
シエルは復讐を遂げたと思っているけど、実際はそうじゃない。
それは今からセバスチャンによって知らされるから、私が余計な事をする必要はないけれど。
でも、シエルはやっぱり、ただ復讐するだけじゃなく“理由”を知りたいと強く望んでいるらしい。
ごめんねシエルさん…。
詳しい理由までは私も聞き出せなかった。
修道院の敷地の入り口まで駆けていくと、アンダーテイカーと死神二人の姿が見えた。
「やあ、メイド君。どうやら無事だったみたいだねえ」
「はい!御陰様で!」
声を掛けてきたアンダーテイカーに頷く。
するとグレルが、シッシッ、と私に手を振ってきた。
………蹴り上げますよ、死神さん。
「おやぁ?伯爵は一緒じゃないのかい?」
「シエルさんは、後から来ますから…」
答えた私に、アンダーテイカーは口元の笑みを深めた。
そして、意味ありげに言う。
「君は、あの吸血鬼の坊やと昔一緒に居たって言う女の子とは、また違うのかなぁ…?」
「…!、…サクラさん、の事ですか?」
「そうそう、そんな名前だったかなぁ、死神君?」
彼に問われたウィリアムの眉根がぴくり、と動いた。
「………はい、」
「えっ!?ちょっ、ちょっとっウィル、ウィリアム!?誰なのよサクラって!!」
グレルが声を上げて彼の腰に抱き付く。
「そんな名前聞いた事ナイわよ!?っ、アタシと言うものがありながらっ、一体どこのオンナにっ、グエッ…!」
ぐしゃ、とウィリアムの長い足がグレルの頭を踏み潰した。
「黙りなさい。」
アンダーテイカーはそれを見てニヤニヤ笑っている。
もとはと言えば貴方の発言が元凶なのに。
ウィリアムは眼鏡のフレームを神経質に指で押し上げてから、アンダーテイカーへ目を遣る。
「失礼ですが、“彼女”と、この少女が違うとはどういう意味でしょう?
リユ スズオカも間違いなく異世界の人間の筈ですが?」
「ああ、そうだねぇ。勿論その通りだよ。ただ、小生が言ったのはそう言う意味じゃあないよ」
「では、どういう、」
言い掛けたウィリアムが口を噤んだ。
彼の視線を辿ると、シエルとセバスチャンが此方へ歩いて来るのが見えた。
その姿に、ちゃんと物語通りだと安堵する私。
そんな私を見下ろして、アンダーテイカーが笑みを浮かべていたなんて知る由もなかった。
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