その姫、質疑1/4
どこに隠れるか慌てていたけど、案外うまく予定まで身を隠す事が出来た。
信者達は皆、教祖の亡骸に悲嘆に暮れていた。
新参者の消えた私達を疑う声もあったが、教祖様の葬儀が先だと、誰も捜しに来なかったのである。
全くどこが蜂起を企むような過激な団体なんだか。
葬儀中の礼拝堂から騒ぎが聞こえ始めたのは、それから暫くしてからだった。
教祖の棺が置かれた壇上に現れた、白い翼の天使。
わーおかえりなさいアンジェラさん。
………執事さん達も予定通りに戻って来てくれるのかな。
礼拝堂の入り口の扉から、私は中の様子を覗き込む。
信者達は天使の姿に驚きざわめいている。
「此処に集まるのは皆、穢れた魂ばかり。甘言に縋り、神に縋り…自らの手で未来を書き記す事を止めた魂ばかり…。
不毛で消せ。不要で消せ、不浄で消せ!」
天使の力に信者達は次々に苦しみ始めた。
さあ、やっと、貴女を問い詰める時間だ。
一つ息を吐いてから、私は利き手に銃を持って、礼拝堂の扉を開け放った。
「……!?」
恍惚と力を奮っていた天使が、はっとして此方を向く。
「お久しぶりです。アンジェラさん」
壇上へと伸びる中央の長い通路を、私は真ん中辺りまで歩いていった。
「シエルさんの強さに負けてさっさと帰って来ちゃったんですか?」
「リユ スズオカ……」
「どうしてそんな事を知ってるのかって顔ですね。私は何でもお見通しなんですよ」
壇上に立つアンジェラは、ふっと口元を歪めた。
「そう…貴女は最初から、私を警戒していましたね」
「虐殺の天使だって知ってましたから。それなのに、清楚で気弱な美人メイドさんを完璧に演じるなんて、もう怖くて怖くて…」
「最初から、私が天使だと…?」
アンジェラは眉根を寄せた。
私はそれに笑顔で応える。
「当然です。それに、ハウンズワース村での魔犬の事も、クリスタルパレスでのカリー品評会の騒動も。暗躍してたのは貴女ですよね」
「お前はっ…一体何者っ、」
「何者?私はファントムハイヴ家のただのか弱いメイドです」
「…っ、異世界から来たと言うだけで、何故そんな事まで見抜けると言うの」
……やっぱり。
私がこの世界の人間じゃない事は分かってるんだ。
でもどうやら、この様子からするに彼女の情報はその程度らしい。
「じゃあ、他にも私が何知ってるか知りたいですか?」
息を詰めるアンジェラ。
私はゆっくりと口を開き、本題を叩き付けた。
「大英帝国君主、ヴィクトリア女王」
「 ッ!!」
紫の目を見開く天使。
私はしっかりとその目の奥深くを覗くように見つめた。
そして、アンジェラに向かって柔らかい笑顔を貼り付ける。
これは、セバスチャンが私の事を見透かす時によくする表情を真似たもの。
彼は余裕綽々に、相手の心を掻き乱す。
私は悪魔から受けていたそれを天使に向けて実践したのだ。
彼女の真意を探る為に。
「知ってるんですよ、私。」
本当は、何も知らないけれど。
アニメの結末も黒幕も知らない私は、ただ彼らが怪しいと言う程度しか分からない。
シエルの両親を殺害したのは、アンジェラの仕業のようだが、彼女一人が手を下した訳ではないだろう。
だから私は、鎌を掛ける。
「ねえ、答えて下さい。貴女達の目的は一体何なの?シエル ファントムハイヴの魂が欲しいだけ?それなら、わざわざ屋敷を焼いてその身を一度堕とすなんて可笑しな事、しませんよね」
アンジェラさん、“穢れ”は嫌いなんでしょう?と笑む。
天使が、射殺すような冷徹な目で見据えてきた。
思わず怯みそうになるけど、目は逸らさなかった。
私が相手に問い掛けた時は、絶対に先に目を逸らすのは嫌だ。
口に出さなくても、相手の表情に出る感情を一瞬も見逃したくないから。
立場が逆なら、遠慮なく目を逸らすけれど。
アンジェラは、忌々しいものを見るような顔を此方に向ける。
それが、私にとっては何よりの肯定だった。
ヴィクトリア女王、そして、貴女“達”の目的、どの単語にも反論や疑問の色は出なかったから。
「ファントムハイヴ家を消せって言ったのは、女王ですか?
でも、それに従った後で、闇に堕ちながらも高貴なシエル ファントムハイヴの魂にやっぱり惹かれたって?……とんだ茶番ですね!」
気に入らないと壊した玩具を、後になってから惜しむような。
なんて、悪辣で傲慢。
「アンジェラさん、御存知ですよね?天使の傲慢はもっとも重い罪ですよ!」
「ッ!黙りなさい…!!」
彼女の怒りに呼応するように、苦しんでいた信者達の呻き声が更に大きくなる。
しかしこの天使の力も、グレル曰わく私が異端だからか何も影響を受ける事はなかった。今のところは。
「忌々しい…異端の、愚かな小娘。身の程を知りなさい…!」
天使は壇上から此方に向かって手を翳す。
私が銃を構えたのと同時だった。
「それは……、」
漆黒のピストルに天使の動きが止まった。
私の脳裏に浮かぶのは、先日行った試し撃ちの出来事。
屋敷の射的場では見事に真ん中を撃ち抜いてくれた、この悪魔のピストル。
しかも2度目はシエルの提案で的に背中を向けて撃ったと言うのに。追跡機能がついているのかと思うようなとんでも無いピストルだった。
因みに、一度に装填出来る弾は六発。
銃自体に魔力が籠もっているらしく、弾は至って普通のものだ。
「あ、やっぱり、アンジェラさんも分かるんですね!このピストル賢いんですよ」
ああ、でも。
もう待てない。
私はこの天使を撃つ訳にはいかないのだ。
それは、シエルの役目なのだから。
お願い、早く……。
「この私がその様な不浄の武器に怯むとでも?思い上がりも程々になさい!!」
アンジェラが天に片手を向ける。
その真上に揺らめく光りがバチッと音を立てて現れた。
辺りの空気が揺れるのを感じる。
そして、此方を示す様にその手が振り下ろされる。
「っ、…!!」
引き金は引けない。でも。
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