その姫、潜入4/4
夕焼けの下、アンダーテイカーは私達が隠れた棺を荷車に乗せて道を進む。
件の修道院に着き、彼に時間を稼がせて中へ忍び込むつもりが、あっさり中へ入る事を許されて不審に思うシエル。
建物に続く修道院の敷地内を歩きながら、彼は後ろを歩く執事に目を遣って言う。
「おい、潜入は難しいんじゃなかったのか?」
「ええ、その筈でしたが、」
その時、前方の十字路の右手側から修道服のような格好をした信者達が歩いてきた。
彼女達は穏やかで綺麗な笑顔を此方に向けて、そのまま去っていく。
「完璧な笑顔、だな」
「笑い方を忘れた坊ちゃんには勉強になるのでは?」と、セバスチャンはにっこり微笑む。
「ふざけるな。あの笑顔は作り物だ」
「作り物って言ったら…グレルさん、葬儀屋さんの真似の完成度凄く高かったですよね…」
「ハッ…アタシを誰だと思ってんのよガキ。」
隣を歩くグレルは真っ赤な長髪を手でバサッと振り払った。
「そう言えば大女優でしたもんね」
こんな性格の癖して。
あ、でも……。
前を歩く執事の背を見て思う。
彼だって、本当は大人しく執事しているような性格じゃないのかな。
だとしたら、シエルがしっかりしてるから今の主従関係が成立してるのだろうか。
うわ…なんか泣けてきた。
一癖も二癖もあるヒトだらけに囲まれてるなんて、シエルは苦労人だ。
「う…、シエルさんって偉い人ですね…」
「は?何だいきなり」
シエルは私を振り返って、ぎょっとした顔になった。
「なんだっ、そんな顔をして…っ」
彼は涙目の私から、その隣のグレルを訝しげに見遣る。
「ハア?ちょっとアタシじゃないワヨ!?」
「いや…、すいませっ、…シエルさんの周りは変人ばっかりだと思ったらつい…」
私はチラリとグレルを盗み見る。
「チョット小娘!!誰が変人ですって?」
「あ、失言でした。変“態”でした」
「アンタねぇ…っ、前回の事といいチョーシに乗ってんじゃないワヨッ!」
うわ、やっぱり覚えてるよこのヒト。
怒り出す彼から逃れる為、私はセバスチャンの背中へ回った。
すると彼は紅茶色の目を細めくすりと笑う。
「嗚呼、そう言えばあれは愉快でしたねぇ」
「ンなっ、セバスちゃんっ!?」
「お前達……、いい加減にしろ…」
シエルの溜息が茜の空に流れていった。
騒がしく敷地内を通り過ぎ、礼拝堂の中へ入る。
真ん中の通路を挟み左右に並ぶ長椅子と、正面に向かい合う広い壇上。
その真上にある丸いステンドグラスを見上げたシエルは目を見開いた。
そこにあるマークは、彼の体にある焼き印と同じものだったからだ。
見上げたまま動かない主人に、執事は身を屈めて「坊ちゃん?」と声を掛ける。
その時、此方に駆けてくる足音と子供の笑い声が聞こえてきた。
楽しそうにはしゃぎながら現れたのは三人の少年。
真っ白な帽子と服を着ている。
「こんばんはっ」
「こんばんは!」
「今日も素晴らしい1日でしたね」
「あっらァ、カワイイじゃない?ガキは守備範囲外だけどね」
「いやグレルさん、それで子供にも手出したら救いようないと思います!」
「ああ゛?小娘喧嘩売って、」
私を睨むグレルに駆け寄った少年達が彼の言葉を遮った。
「こんばんは不浄。どこまでも穢れきっていますね」
「ハアッ?」
表情を歪めたグレルを少年は不思議そうに見上げている。
「え?どうなされたのですか?不浄?どこか具合でも、」
言い終わらないうちに、死神はその少年に拳骨を落とした。
「ガキッ!ダレ見て不浄なんてぬかしてんのヨ!」
すると少年達は不浄に触られたと声を上げ、清めよっ、清めよと慌てて駆け出す。
「待ァ〜てぇ〜っ!!」
怒るグレルは彼らを追いかける。
「ちょ、グレルさん!子供相手に大人気ないってっ、」
私は若干引きずられながらも、赤いコートを引っ張った。
少年達は此処から出て行こうと扉に駆けていく。
と、そこからあの修道服の様な格好をした女性が現れた。
「また不浄だぁ〜」
少年達はそう言って彼女を避けるように走り去っていった。
女性は穏やかな笑い声を零し、グレルと私に向かって微笑んだ。
(ブラウンの髪に大きなグリーンの瞳)(彼女、マチルダ シモンズは、画面で見るよりずっと、たおやかで清廉に見えた)(こういう人があっさり悪魔の罠にかかってしまうのかと思うと、胸中は複雑だった)
(人間なんて堕とすのは容易いと、内心彼は嘲笑っているのだろうか)
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