その姫、潜入3/4
アンダーテイカーの店の扉をセバスチャンが開けると、昼間でも薄暗い店内が目の前に広がる。
私は店に入っていくシエルの後ろに続いた。
「邪魔するぞ」
カウンターに向かい、此方に背を向けたままの人影が言葉を返してきた。
「ヒッヒッヒ…いらっしゃぁーい」
その声があまりにもアンダーテイカーに似てるものだから驚いた。
当然、シエルは彼が偽者だとは思ってもいない。
「アンダーテイカー、お前に頼みがある」
「だったら……」
ゆっくりと私達を振り返る銀髪の人影。
「ンフッ…」
「な…っ、」
不気味な様子に少年伯爵は後退る。
思わず私も後ろへさがった。
と、突如走り寄って来た彼。
その勢いで銀髪が落ちて真っ赤な長髪が現れた。
「小生に極上のロマンスをおくれーっ!!」
迷うことなく彼が腕を広げて突っ込む先は、漆黒の燕尾服の執事。
が、セバスチャンはさらりと身を翻した。
飛び込み先を失った赤い髪の彼は顔面から壁に激突。
更にその上の棚から降ってきた頭蓋骨が脳天にヒットした。
うわあ……、ご愁傷様です。
「グレル!?」
その姿に目を見開くシエル。
すると、「やあ、伯爵」と聞き覚えのある声が耳に入った。
声のした方を辿ると、大きな壺の中で塩漬けにされて首だけを覗かせた本物のアンダーテイカーが其処にいた。
「こいつ、死神をも恐れぬ事ほざくから塩漬けにしてやったのヨ」
「いやあ、皮膚からじわじわ水分が抜けていく感覚が堪らないよぉ」
「危険な遊びですね」
アンダーテイカーの発言にセバスチャンは口元を隠して呟く。
シエルはグレルを振り返り、
「お前!どうして此処にいる?」
「ウィルに言われて、ちょっと調べ物をね」
しかし剰りにも情報が無く、眠く空腹になり花畑で寝てたらいつの間にか此処に運ばれてしまったのだと言う。
「寝る時に息の根止めてたのがいけなかったのかしら」
グレルは隣にいるセバスチャンへハートいっぱいの熱視線を送って言う。
「王子様のキッス(舌入り)!で目覚めるのまってたのにぃ…!」
けれども執事は聞こえてもいないような態度で調べ物の内容を問う。
グレルが言うにはシネマティックレコードが近頃盗まれるらしい。
その単語に反応し、聞き返すシエル。
赤い死神はガキは知らなくていいとそっぽを向くが、執事が代わりに説明した。
シネマティックレコードは、人の一生分の記憶が記録されたフィルム。
死神が死亡予定者から取り出し、再生して生死を判断する。
グレルは、人間は死ぬ時にしか見られないと口を挟んだ。
ただ、私にはこれが見えた。
フィルムの内容までは窺えないが、マダムレッドがデスサイズに斬られた時、大量のフィルムの様な物が吹き出すのを確かに見ているのだ。
異世界の人間だからだろうか。
ただ、見えるところで何だと言う話だけれど。
「盗まれる…、あれはそう言う類のものなのですか?」
「まあねぇ、使わない時は図書館に収められているのよ。生者、つまり全ての死亡予定者の過去、犯してきた罪、それらが余す事なく記載された本のかたちをとってね」
「ドゥームズディを迎える為の本と言う訳か」
「聞き覚えのある話ですね」
セバスチャンが言葉を返すと、シエルは壷の中で塩を舐めているアンダーテイカーに告げた。
「葬儀屋、お前に手伝ってもらいたい事がある」
「ヒッヒ…なら、極上の笑いを……、」
言いかけて、彼はグレルを見上げ再びシエルに視線を戻す。
「いやあ、今回はサービスしてあげるよ」
「……?」
シエルは不思議そうにアンダーテイカーを見つめ返した。
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