その姫、葬送1/4
ラドロー城の図書室の隠し扉から現れたのは、薄暗く肌寒さを感じる納骨堂。
冷たい床にコツコツと靴音を立てながら通路を進むシエルに、セバスチャンと私も後へ続く。
落ちていた骨をシエルが踏むと、パキ…と折れる音が響いた。
その時、「気をつけてくれ」と、エドワード五世の声と共に彼自身が目の前に姿を現した。
「人間が足を踏み入れるのは久しぶりなのだから」
「陛下、この部屋は…」
「此処はもともと地下牢だった。教会への埋葬が許されぬ罪人達は此処へ放り込まれ、やがて忘れ去られていった」
エドワードは転がっていた頭蓋骨を拾い上げる。
「死神にすら忘れられた魂に天への道は開けない…」
すると、その頭蓋骨から小さな黒い魂のような浮遊体が現れた。
それは通路の奥へ飛んでいき、シャンデリアの明かりがついた。
「ふと思い立って記念の品を作ってみた」
其処にあったのは巨大なチェス盤。
それぞれのマスには頭蓋骨が並べられている。
「紹介しよう、父だ。キングが父上、母上はクイーン。ありきたりでつまらない見立てかな?
リヴァース伯はルーク、叔父上はビショップ。骨の家族の再会だ」
それらを静かに眺めていたシエルは、空いているナイトの位置に目を遣った。
「ナイトが一つ欠けている…」
「リチャードの為の場所だ」
見つからないのかと問うシエルに、エドワードは骨はあると答えた。
「だが、リチャードが手にして放そうとしないのだ。…私はな、ファントムハイヴ、弟を送ってやりたいだけなのだ」
シエルから視線を外し、少年王は頭蓋骨の並ぶチェス盤を見つめて言葉を続けた。
「痛みも苦しみもない神の身元へ…」
そう言った彼の横顔を見ていたシエルは、はっとした後目を伏せた。
「天の国…、ですか…」
表情を曇らせる少年伯爵。
その後ろでは、執事がうっすらと口元に弧を描いてその姿を見下ろしていた。
執事の様子に気付く事なく、エドワードはシエルの言葉に頷く。
「ああ。これを完成させればその願いが叶う」
「つまりあの骨が手に入れば貴方は満足する訳か…」
悪い笑みを口元に浮かべたシエルは少年王に問う。
「手に入れたいと願うのですね?どんな犠牲を払っても」
「そうだ。そうすればきっと……」
すると、シエルが背後を振り返り執事の名を呼んだ。
「命令だ。あの骨を取って来い」
セバスチャンはその場に跪き頭を下げた。
「イエス マイロード」
すぐにリチャードの元へ向かう執事の背に主人は声を投げかける。
「チェス盤はホールに運んで置け!」
「御意」
「お前達、一体何を…」
戸惑う少年王にシエルは笑みを浮かべた。
「貴方の望みを叶えて差し上げようというのです。一番簡単な方法でね」
ホールに置かれているのは、納骨堂にあった巨大なチェス盤。
椅子に座って待っていたシエルは、暴れるリチャードをあっさり抱えて連れてきた執事の姿を見て言った。
「なんだ。悪魔と幽霊の戦いでも見られるかと思ったんだがつまらないな」
私は、そんなシエルの後ろで黙って成り行きを見守っていた。
首根っこを掴まれているリチャードは宙に浮いたまま声を上げて身を捩った。
「離してセバスチャンっ!兄さまっ兄さま…!」
「リチャードっ…!お前達っ、もう少し穏便に出来ないのか!?」
「この程度の問題を200年も放置していた事の方が僕には不思議ですね」
「しかし私はっ、弟を泣かせるつもりなどっ!」
その時、リチャードが悲鳴を上げた。
セバスチャンが彼の持っている頭蓋骨に手を伸ばしたのだ。
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