眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、奔放3/5

「おーい…いつになったら終わるんだあ?」

結局、シエルと出掛ける事の出来なかったソーマは床の上に寝そべっていた。

セバスチャンを相手にフェンシングの練習をするシエルを眺めながら、私はアグニの淹れてくれたチャイを楽しむ。

「如何ですか?メイド殿」

「はい。美味しいですよアグニさん」

「ありがとうございます。お口に合うようで良かったです」

あまりにも幸せそうに微笑む彼に、此方もつられて顔が緩む。本当に癒し系だなアグニさん。

「あの、メイド殿」

「ん?あ、リユで良いですよー」

「では、リユ殿。今貴女が着ておられる服装はどういったものなのですか?」

アグニは私の着ている服を見ながら首を傾げた。

今の私はカヴァネスの格好から着替えて、ブーツにマント、羽の付いた帽子と、中世ヨーロッパのフランス銃士に見立てた衣装を着ている。
フランス銃士がインドのチャイを飲みながら英国のお屋敷でメイドをしてるなんて、我ながら、ルイスキャロル顔負けのナンセンスさだと思う!

「これは三銃士をイメージしてるんですよ」

「三銃士?」

「そう!みんなは私の為に!私は私の為にっ!」

かの名台詞をほんの少し私仕様にしてアグニに説明する。
その傍らでは、ソーマがずっとシエルに声をかけ続けていた。

「もういい分かった!」

とうとう痺れを切らしたシエルは手を止めて此方を振り返る。

「そこまで僕に構って欲しいなら相手してやる」

フルーレが投げられるとソーマは立ち上がって嬉しそうにそれを手に取った。

「お前に勝てば、俺と出掛けるんだな?」


「勝てればな」

小さな伯爵はフルーレの先を王子に向けて言い放つ。

「頑張って下さい」

と、アグニは自分の主人に声援を送る。
私も羽の付いた帽子を脱いで、ぱたぱたとそれを振った。

「シエルさんファイトー♪」

するとシエルは私に視線を移し口を開いた。

「un pour tous,tous pour un.」

「…へ?」

「正しくは、一人は皆の為に皆は一人の為に、だ。…だが、リユのそのふざけた台詞もなかなか悪くなかったぞ」

ふっと微笑むシエルはまるで悪戯っ子のようだった。

そんな彼と向かい合うソーマとの間にセバスチャンが立ち手を挙げた。

「では、始め!」

声を合図にソーマは勢い良くシエル目掛けて走り出す。

「もらったあー!」

シエルの足に剣が当たった。しかしフルーレはぐにゃりと曲がり、ソーマは驚きに声を上げる。
そんな王子の様子にシエルは不敵に口元を釣り上げた。

「フルーレでは足に当てても無効だ」

「卑怯者!俺はルールを知らないんだぞ!?」

途端に優位が入れ代わった。
動揺するソーマに突き出されるシエルの切っ先。

「勝負は勝負だ。知らないお前が悪い!」

「王子!危ない…!」

主人の危機に、アグニは慌てて立ち上がりソーマのもとへ駆け出した。

「あっ、待っ…!シエルさん…!」

カップで剣を受けた彼は、そのままフルーレを握るシエルの腕を指で突く。
そうなる事を知っていた私は、とっさにシエルの体を突き飛ばしてその場から彼を押しのけた。
途端、肩に走る鈍い痛みに床に膝をつく。

「痛…っ、」

「おいっ、大丈夫か?」

フルーレを投げ捨てたシエルが走り寄ってきた。

「あっ、リユ殿っ、シエル様、申し訳ありません…。王子が負けてしまうと思ったら、体が勝手に…」

謝るアグニの後ろで不意にソーマが笑い出した。

「アグニ、よく主の俺を守った。誉めて遣わす」

尊大な態度の王子は笑みを浮かべて此方を見下ろす。

「アグニは俺のカーンサマーで俺のものだ。つまり、俺の勝ちだ!」

「そ、そんな…!」

理不尽な言葉にシエルは眉を寄せる。
私も納得いかずに抗議の声を上げた。

「なんでそうなるの?シエルさんは平気じゃないですか」

「アグニが俺のものなら、メイドのお前だってシエルのものだ。つまり、庇ったお前がアグニに勝てないんだからシエルは負けたも同然だろ」

「そんなことっ、」

「おやおや。これは君が仇をとらないとね。執事君」
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