その姫、魂魄3/4
晩餐までの間、シエルと共に図書室で時間を潰す事になった。
「それにしても、此処も薄暗いんですね…目、悪くなりますよー」
シエルは燭台の灯りに照らされたテーブルで分厚い本を広げている。
「日当たりの悪さは改装で改善される」
彼はページを捲りながら呟く。
それから暫くは、しんと静まり返った沈黙が続いた。
「………。あ、歌いましょうか」
「やめろ。歌うな」
「………おばけなんてなーいさおばけなんてうーそさ♪」
「歌うなと言っただろう!」
「ここで歌わずいつ歌うんですか。今でしょ!」
「分かった。煩い、静かにしろ」
「うう…シエルさん冷たい…」
やっぱり、チェスに負けて執事を捕られたのは痛いんだろうか。
いや、それとも、セバスチャンに揚げ足をとられるように追い込まれたのが腹立たしいのだろうか。…たぶん、後者かな。
少し離れた場所から本に向かうシエルを眺めていると、彼ははっとしたようにあるページで手を止めた。
「…1483年、二人の王子はロンドン塔から姿を消した…」
どうやら目当てのページが見つかったらしい。シエルが文章を読み上げていく。
「およそ200年後、子供の遺骨が二体分発見される。これは果たして王子達のものなのか。二人を、」
「二人を殺したのは誰か。真相を知りたければ死者に訊ねてみる他ないだろう」
文の続きを引き継いだ声と共に、シエルの向かいの椅子にエドワード五世が姿を表した。
「悪いが私は答えられないぞ」
「陛下…っ、」
椅子から腰を上げかけたシエルを、彼は右手を挙げて制した。
「殺されていた日の事は何も覚えていないのだ。気がつけば死者となりこの城にいた…」
そう話すエドワードに、椅子に座り直したシエルが言った。
「陛下はお優しいのですね」
「なんだと?」
「僕なら、未来永劫忘れてやる事など出来ません。自分を辱めた者の事を…」
シエルは射抜くように真っ直ぐ、碧の瞳でエドワードを見つめた。
それと対照的に、エドワードは宝石の様に大きな目を伏せた。
「だが、400年だ。私達を殺した者も守ろうとしてくれた者も、とうの昔に皆死んだ……今はもうあの時の感情さえ思い出せないのだ」
「時が経てば痛みは薄れます。しかし僕は時の癒しなど欲しくはない」
きっぱりと言い切る少年伯爵。
エドワード五世は「強いなファントムハイヴ」とどこか羨むように目を細めた。
その途端、突然何かを叩くような大きな音が城中に響き渡った。
エドワードが驚いて立ち上がる。
「なんだっ!?」
「晩餐の仕度が整ったようです」
事も無げにシエルは椅子から腰を上げた。
「ああ…そうか。お前と話していると時の経つのが随分早い…。」
晩餐の為やって来た食堂は、とんでもない程の広さだった。
「堅苦しい礼儀は抜きで構わないぞ」
と、なっがぁあーーーい向こう側の席から告げるエドワード。
そんな彼の右手側の席では、頭蓋骨を持ったままのリチャードがセバスチャンに椅子を引いて座らせてもらっている。
シエルの方の席は無視…、だった。
エドワードに、ありがとう御座いますと言いながら、シエルは自ら大きな椅子を引こうとする。
私は慌てて動いた。
「いい、自分で出来る」
小声でそう言う彼に私も小声で言い返す。
「駄目です!はい、どうぞお座り下さい」
無理矢理椅子を引けば、何ともいえない顔で一瞥されてしまった。
「何をそんなに張り切ってるんだ」
「え?」
そりゃあ、執事さんから宜しくって言われたんだもの。やっぱり嬉しいじゃないか。
オードブルは、野ウサギのロースト、レッドカラントゼリーととちのポロネギ添えだった。
エドワード五世、弟のリチャード、そしてファントムハイヴ伯爵、の順にセバスチャンが皿を運ぶ。
私は大人しくシエルの席の後ろへ控えていた。
執事に何か聞き出せたかと小さく問う伯爵。
しかし、14世紀スタイルの執事は答えないまま彼の前へ皿を置く。
「おい、セバスチャン…ッ」
少し声を荒らげる彼に執事は涼しい顔で窘める。
「お客様、お行儀が悪いですよ。ディナーの時には隣の方と楽しい会話を交わすのがマナーですよ」
「隣だとぉ!?あんなっ…あんな遠くにいる奴と楽しい会話が成立するかぁ!!」
とうとうシエルが怒ってしまった…。
しかしエドワードの席までは殆ど言葉が届いていない。
何を騒いでいるのだろうなと弟と話す彼に、シエルは遠くから彼らに言った。
「ただ僕の執事が何か粗相をしていないかと訊ねただけです」
すると、頭蓋骨に向かってリチャードがぽつりと言う。
「セバスチャンは僕達の執事なのにね」
「う…っ、そうでした……」
シエルはすっかり疲れ切っていた。
挙げ句、乾杯の時まで、空のグラスのままのシエルに気付かず、エドワードとリチャードは先に乾杯してしまった。
けれど多分、悪魔な執事はそんな主を面白がっているに違いない。
私の方が、そんなシエルを見ていて不憫に思ったのだった。
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