その姫、魂魄1/4
薄暗い城の壁に飾られた二人の王子の絵画。
ジョン・エヴァレット・ミレイの「ロンドン塔の王子達」。
今にも抜け出てきそうなそれは、しかし物悲しい表情で額の中に留まっている。
だが私は知っている。
絵の中の御仁が薄暗いこの城で生活している事を。
此処はラドロー城。
嘗ての英国王室が利用していた城は、現在ファントムハイヴ家が引き取り、新たにホテルとして改装工事が行われていた。
否、行われる予定だった。
幽霊騒ぎで業者が逃げ出した為、ファントムハイヴ伯爵自ら城へ出向く事になったのである。
しかし、それにしても、だ。
薄暗い入り口の通路といい、雰囲気のあるこの絵といい…。
「ホラーな迫力、いと凄まじ……」
呟くと、絵を眺めていたシエルが此方を振り返った。
「なんだって…?」
人間の言語で喋れな目線を頂いてしまった。
と、その時。
私達の後ろで音を立てて入り口の扉が閉まった。
「っ…!!」
重々しい音に驚いて思わず身を竦ませる。と、私を見たセバスチャンにクスリと笑われた。
シエルは閉まった扉を一瞥し、奥へ進む。
少しひらけたホールに出た途端、暗かったその場の燭台にぼっと焔が灯った。
更に奥の暗闇からは少年の声が響いた。
「お前達、誰の許しがあって此処へ入った」
仰々しい口振りだった。
シエルは声のする闇を見据えたまま傍らの執事に問う。
「セバスチャン、何故旅芸人が住み着いている」
その発言に闇の中の声が鋭く返ってきた。
「何を無礼な」
奥の燭台が灯り闇の中から姿を現したのは金髪の少年だ。
堂々とした出で立ちと鋭くも凛とした顔(かんばせ)。
「私はイングランド国王エドワード五世である」
「どういう事だ。これは?」
「どうやら本物だったようですねぇ」
セバスチャンは戸惑うシエルにそう言って、言葉を続けた。
「今からおよそ400年前、戴冠式を間近に控えたエドワード五世と弟のリチャードはロンドン塔に幽閉され、やがて二人は王位を狙う親族に暗殺されたと言われています。
この城は兄弟が幼い頃に過ごした場所…。魂だけが舞い戻って来たのではないかと」
執事の説明にシエルは溜息を吐いた。
「…ほんの数ヶ月とはいえ王位にあったのは事実だ。仕方無い」
「畏まりました」
主人と執事、二人のやり取りにエドワード五世の幽霊が、何を話していると声をかけた。
シエルの傍らに控えていたセバスチャンは数歩前に出るとエドワード五世に頭を下げる。
「シエル ファントムハイヴ伯爵で御座います。陛下」
名を紹介され、シエルは少年王の前まで行き膝をついた。
そして彼へと頭を下げてから立ち上がる。
「非礼をお許し下さい。陛下のお出でを伺っておりませんでしたので」
「よい。許そう。珍しい客人だからな」
「“客”と仰いますが陛下。この城は現在我が社の所有物です」
「では新しい管理人か」
「いいえ陛下。はっきり申し上げましょう。この城を明け渡して頂きたい」
出て行けと言うのかと返すエドワードに、シエルは笑みを浮かべて口を開いた。
「勿論何の償いも無しにとは申しません。陛下の御意志は最大限に尊重します。どうすれば譲歩が叶うのか、話し合いを」
二人の会話を、私はセバスチャンと並び黙って聴いていた。
と、ホール奥の物陰から幼い少年が顔を覗かせた。
少年は、伏せていた視線を僅かに上げたセバスチャンと目があったようだ。
エドワードは幼い少年に目を遣りその様子を眺める。
「おや。弟のリチャードはその召使いが気に入ったようだな」
「これは僕の執事、セバスチャン ミカエリスで御座います」
幼い少年、リチャードは自らの手に持っている頭蓋骨に話し掛ける。執事が居たらきっと毎日楽しいと思うと。
エドワードも弟に同意した。
「ああ。とても変わった執事の様だから面白い事になるだろうな」
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