天使の歌声、悪魔の誘致
温かな湯気の立つ修道院の浴室。
清めの為の入浴をするシエルの背中を、執事が静かに洗っている。
浴槽に浸かったまま、シエルは不機嫌に口を開いた。
「お前…今日は調子に乗っているだろう」
先程、シエルの入浴を手伝おうとしていた女性達を追い払った事といい、情報を聞き出した時といい。
そんな意味合いを含めて言えば、静かな返事が返ってくる。
「いえ、事を円滑に進めたいだけです」
「ん?」
「私は坊ちゃんを、危険な目に合わせるつもりはありません」
いつに無い執事の発言に、主は鼻で笑った。
「お前の口からそんな言葉を聞くとはな」
しかし執事は黙々と主人の背を流しながら静かに言う。
「先程の儀式、ドゥームズデイブックが偽物だとしても、何かしらの力を持つものにかわりないでしょう」
「………不浄、」
シエルが呟いた単語に、セバスチャンははっと反応した。
シエルの脳裏に浮かぶのは、エリザベスが行方不明になった出来事で足を踏み入れた、マンダレー邸での事。
「あの人形が僕をそう呼んだ。そして…これだ」
左腕を挙げると、身体に刻まれた焼き印が露わになる。
「僕を地獄へ突き落としたこの紋様こそが、今は唯一の、蜘蛛の糸だ」
「それを掴んだ所で、地獄から這い上がれると、本当に信じていらっしゃるのですか?」
「いや。這い上がるんじゃない。蜘蛛の糸を掴み、相手を引きずり落とすんだ。僕の味わう地獄へ…」
「それでこそ我が主…」
セバスチャンは瞳の紅を緩ませて、微笑む。
シエルは後ろの執事を横目で見遣った。
「お前が此処で口にする言葉は、一つだけだ」
「イエス マイロード」
湯煙の中、頭を下げたセバスチャンの黒髪が、さらりと揺れた。
(まさに、引きずり落とすのは天にいる存在なのだと、自らの復讐に燃える少年はまだ知らない)
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