眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
闇より放つ漆黒の銃声

霧の晴れた昼下がり。

ファントムハイヴ家の敷地内にある射的場には、屋敷の主と執事、そして一丁の漆黒色をした銃を持つメイドの少女が居た。

少女は執事に教えられたようにピストルを構える。
そして射的の的を真っ直ぐ見据え、トリガーを引いた。



シエルに書斎へ来るよう言われた私は、クラレンスからの銃、悪魔のピストルを持って訪れた。

「シエルさーん、失礼しますー!」

ノックして扉を開ける。
正面の机にはシエルが、そして傍らにセバスチャンが立っていた。

「持ってきたか」

「はい。」

シエルの問いに私は机へ木箱を置く。
蓋を開けて彼に銃を見せた。

「銃を持つのは構わないと言ったが、何しろ曰く付きだからな、」

シエルは木箱から銃を取り出す。
片手でそれを持つと、傍らの執事へ銃口を向けた。

「ちょっ!シエルさんっ!?」

「先ずはしっかり調べてからだ、セバスチャン。」

バン、と口で言って引き金を引いたフリをするシエル。

「畏まりました」

セバスチャンは涼しげな微笑を返して頭を下げる。
私はそんな二人のやり取りをはらはらしながら見守っていた。



「おや、私とした事が。どうやら魔力が籠もっているのは銃弾ではなく、シリンダーの方だったのですね」

シリンダーを振り出し、込められた弾を確認した執事が驚いた表情で言った。

「どういう事だ?」

「どうやら、魔弾の力がシリンダーに乗り移ってしまったようですね。当初は確かに、このピストルには魔力の籠もった六発の銃弾が入っていた筈です。しかし何らかの影響により、六発打ち切った後でその力がシリンダーへと移行したのでしょう」

セバスチャンの指が装填されている銃弾に触れた。

「そして今込められているのは、恐らく居酒屋さんが魔弾を使い切った後で再装填した普通の銃弾…。
しかし、力の移ったシリンダーの影響を受け、装填した時点でその銃弾は魔弾へと変わる……」

「つまりそれは、魔力を持つ弾が装填されたピストルではなく、装填した弾に魔力を宿らせるピストル、と言う訳か」

「はい。その通りです」

「じゃあ、六発打ち切っても銃弾を込めればまた使えるって事ですか?」

私が口を挟むとセバスチャンが頷いた。

「その様ですね。どうやら貴女には、装填の仕方を覚えて頂かなければなりませんね」

すると、シエルが言った。

「いや、待て。その前にセバスチャン、このピストルを使用する者に何か影響は出ないのか?」

「影響、と申しますと?」

「……使用者がやがて錯乱したり、狂気に取り付かれたりする心配は?オペラの題材になるくらいだからな」

それから、魂を持って行かれたり…とシエルは微笑を湛えて付け加える。
セバスチャンがシリンダーを戻しながら口角をつり上げた。

「その心配は御座いません。使用者自身に悪影響が行くまでの魔力はありませんから」

「なら、お前が言ったそのピストルの“気紛れさ”はどうなんだ?」

シエルの言葉に私は先日のセバスチャンの話を思い返した。


“どんな的も必ず狙い通りに命中させる事が出来ますが、その性質は悪魔そのもの…。時に気まぐれに、射手の最も望まぬ方向へ当たってしまうと言われているのです”


「法則もなく、何の予測も出来なければ、どうやってそれを制御する?まさか、何の方法もないのか?」

「いいえ、その様な事は御座いません。ねじ伏せてしまえば良いのです」

「ねじ伏せるって…?」

聞き返すと、彼はシリンダーを戻した銃を私に握らせた。
紅茶色の目が、此方を見据える。

「目的を見失わずに真っ直ぐ的を捉え、必ず狙い撃つと言う貴女の強い意志と欲求を持つ事…。それらに揺らぎがなければ、このピストルの魔力は御せます」

「……全ては使用者の意志の力次第、と言う事か」

主の声に執事は其方を振り返って微笑した。

「はい。その通りです。上手く御せれば、曲芸ものの芸等もこなせるようになりますよ」

私の手の中にある漆黒の銃が、まるで答えるように熱を帯びた気がした。


「なら、早速練習だ。セバスチャン、用意を」

「御意」

椅子から立ち上がるシエル。
執事は頭を下げてから、先に部屋を出て行った。
靴音が遠ざかるのが聞こえる中、シエルが私を見て口を開いた。

「リユ、しっかりそれを躾ろ。ピストル如きに舐められるな」

「は、はいっ!頑張ります!」

両手で持った銃とシエルを交互に見て、私は頷く。
彼は私の横を通り過ぎて部屋を出ようとしたが、不意に足を止めた。

「……本気で、」

「…え?」

背を向けていたシエルはゆっくり此方を振り返る。
碧色の隻眼が、私に確認するように深みを増した。

「……本気で僕の役に立ちたいと思うなら、迷いは捨てろ」

「……!」

「お前はファントムハイヴのメイドだ。…忘れるな。」

「はい。…シエルさん」

先に部屋を出て行く少年の背中に、私は返事を返した。


(迷ったままでは扱えない。覚悟を、決めないと)

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