闇より放つ漆黒の銃声
霧の晴れた昼下がり。
ファントムハイヴ家の敷地内にある射的場には、屋敷の主と執事、そして一丁の漆黒色をした銃を持つメイドの少女が居た。
少女は執事に教えられたようにピストルを構える。
そして射的の的を真っ直ぐ見据え、トリガーを引いた。
シエルに書斎へ来るよう言われた私は、クラレンスからの銃、悪魔のピストルを持って訪れた。
「シエルさーん、失礼しますー!」
ノックして扉を開ける。
正面の机にはシエルが、そして傍らにセバスチャンが立っていた。
「持ってきたか」
「はい。」
シエルの問いに私は机へ木箱を置く。
蓋を開けて彼に銃を見せた。
「銃を持つのは構わないと言ったが、何しろ曰く付きだからな、」
シエルは木箱から銃を取り出す。
片手でそれを持つと、傍らの執事へ銃口を向けた。
「ちょっ!シエルさんっ!?」
「先ずはしっかり調べてからだ、セバスチャン。」
バン、と口で言って引き金を引いたフリをするシエル。
「畏まりました」
セバスチャンは涼しげな微笑を返して頭を下げる。
私はそんな二人のやり取りをはらはらしながら見守っていた。
「おや、私とした事が。どうやら魔力が籠もっているのは銃弾ではなく、シリンダーの方だったのですね」
シリンダーを振り出し、込められた弾を確認した執事が驚いた表情で言った。
「どういう事だ?」
「どうやら、魔弾の力がシリンダーに乗り移ってしまったようですね。当初は確かに、このピストルには魔力の籠もった六発の銃弾が入っていた筈です。しかし何らかの影響により、六発打ち切った後でその力がシリンダーへと移行したのでしょう」
セバスチャンの指が装填されている銃弾に触れた。
「そして今込められているのは、恐らく居酒屋さんが魔弾を使い切った後で再装填した普通の銃弾…。
しかし、力の移ったシリンダーの影響を受け、装填した時点でその銃弾は魔弾へと変わる……」
「つまりそれは、魔力を持つ弾が装填されたピストルではなく、装填した弾に魔力を宿らせるピストル、と言う訳か」
「はい。その通りです」
「じゃあ、六発打ち切っても銃弾を込めればまた使えるって事ですか?」
私が口を挟むとセバスチャンが頷いた。
「その様ですね。どうやら貴女には、装填の仕方を覚えて頂かなければなりませんね」
すると、シエルが言った。
「いや、待て。その前にセバスチャン、このピストルを使用する者に何か影響は出ないのか?」
「影響、と申しますと?」
「……使用者がやがて錯乱したり、狂気に取り付かれたりする心配は?オペラの題材になるくらいだからな」
それから、魂を持って行かれたり…とシエルは微笑を湛えて付け加える。
セバスチャンがシリンダーを戻しながら口角をつり上げた。
「その心配は御座いません。使用者自身に悪影響が行くまでの魔力はありませんから」
「なら、お前が言ったそのピストルの“気紛れさ”はどうなんだ?」
シエルの言葉に私は先日のセバスチャンの話を思い返した。
“どんな的も必ず狙い通りに命中させる事が出来ますが、その性質は悪魔そのもの…。時に気まぐれに、射手の最も望まぬ方向へ当たってしまうと言われているのです”
「法則もなく、何の予測も出来なければ、どうやってそれを制御する?まさか、何の方法もないのか?」
「いいえ、その様な事は御座いません。ねじ伏せてしまえば良いのです」
「ねじ伏せるって…?」
聞き返すと、彼はシリンダーを戻した銃を私に握らせた。
紅茶色の目が、此方を見据える。
「目的を見失わずに真っ直ぐ的を捉え、必ず狙い撃つと言う貴女の強い意志と欲求を持つ事…。それらに揺らぎがなければ、このピストルの魔力は御せます」
「……全ては使用者の意志の力次第、と言う事か」
主の声に執事は其方を振り返って微笑した。
「はい。その通りです。上手く御せれば、曲芸ものの芸等もこなせるようになりますよ」
私の手の中にある漆黒の銃が、まるで答えるように熱を帯びた気がした。
「なら、早速練習だ。セバスチャン、用意を」
「御意」
椅子から立ち上がるシエル。
執事は頭を下げてから、先に部屋を出て行った。
靴音が遠ざかるのが聞こえる中、シエルが私を見て口を開いた。
「リユ、しっかりそれを躾ろ。ピストル如きに舐められるな」
「は、はいっ!頑張ります!」
両手で持った銃とシエルを交互に見て、私は頷く。
彼は私の横を通り過ぎて部屋を出ようとしたが、不意に足を止めた。
「……本気で、」
「…え?」
背を向けていたシエルはゆっくり此方を振り返る。
碧色の隻眼が、私に確認するように深みを増した。
「……本気で僕の役に立ちたいと思うなら、迷いは捨てろ」
「……!」
「お前はファントムハイヴのメイドだ。…忘れるな。」
「はい。…シエルさん」
先に部屋を出て行く少年の背中に、私は返事を返した。
(迷ったままでは扱えない。覚悟を、決めないと)
[
戻る]