空知らぬ雪2/2
自分の惨めさに苛立ちを感じているのか、小さな体は僅かに震えていた。
今、目の前にいる少女の姿は“本当”だ。
脆い剥き出しの感情を自分に向けている。
憧れだけを追った作り物の凛々しさより、リユには此方の方が似合うと悪魔は思った。
「リユ、貴女は“サクラさん”ではない」
愚かしい負の感情と潔い儚さ。
それが彼女だ。
その天秤が揺れ動く様が美しいのであって、作り物の凛々しさなどセバスチャンにとっては見苦しいだけだった。
「貴女は“リユ”でしょう。今感じている痛みも、想いも、腹立たしさも…。すべて貴女の感情でしょう?他人の影を求めているばかりでは、何も手にする事は出来ませんよ」
本当に欲しいものは何なのか、続けて問えば少女は身構えた。
そして小さな声を零す。
「私は……、ただ、そばに居てくれる人の笑顔が見たいだけです」
「ですが、それもずっとと言う訳にはいかないでしょう」
「そんなことは、…分かってますよ……」
嗚呼…違う。と悪魔は落胆する。
その答えは彼女自身の望みの本質ではない。
もっと貪欲に、もっと醜悪に。
この少女にも渇望するものがある筈だ。
あの儚い美しさと同等に、欲深い醜さが。
悪魔はそれを見たいと思っていたが、どうやら彼女は再び体制を立て直したようだった。
仕方ない、とセバスチャンは姿勢を正していつものように執事としての言葉を発した。
一つ覚えておきなさい、と。
「貴女の行動が坊ちゃんの意向に反し、また、それが障害となり得るなら。私は情けをかける事はしません」
昨夜のような勝手な行動を今後とらせるつもりはないと牽制する。
すると少女は背の高い執事を見上げはっきりと返事を返した。
「それは勿論…覚悟の上、です」
悪魔は“執事”として、そして彼女は相変わらず“憧れのサクラさん”の虚像を自分の中に作り上げて。
それは二人の間を走る目に見えない境界線のようでもあった。
しかし。
いつか、その虚像が壊れてしまえば良いとセバスチャンは思う。
契約者である主以外に入れ込むなど普通は考えられない。
しかしこの少女には予想もつかない感情が芽生えそうになる。
本来なら、契約内容に差し支えないよう、余計な興味には区切りをつけるべきなのかもしれない。
けれど悪魔は、その自身でも不明瞭な感情のスリルさえ楽しむ性分だった。
(いずれは散るであろう花に固執するなどらしくもないと思いつつ、目の前の少女に対する興味は、尽きない)
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