空知らぬ雪1/2
一体どんな意志があって、吸血鬼の前に身を差し出すのか。
セバスチャンは奇妙なモノを見ているような気持ちで少女がクラレンスに血をやると言った光景を思い返していた。
早朝、屋敷を抜け出した少女の気配に執事はふっと息を零した。
行き先は分かっている。昨夜、主に命じられて建てた吸血鬼の墓だろう。
放っておいても良いのだが、未だ感じる死神の気配は気にかかる。
朝食の下準備を済ませたセバスチャンはテールコートを羽織り直し少女を迎えに行く事にした。
クラレンスの墓の前では、リユとウィリアム、そして意外な事にアンダーテイカーが話していた。
彼らに悟られぬよう、セバスチャンは気配を隠して死神達が去るのを待った。
「ありがとう!ウィリアムさん!」
リユはそう言って死神を見送ると墓石に向き直った。
これからも頑張ると告げる少女の姿に、セバスチャンは昨夜の奇妙な感覚が蘇った。
数週間前、思わず悪魔が魅せられてしまったほどの少女の潔い儚さ。
にも関わらず、昨夜の彼女は必死になってクラレンスを庇おうとしていた。
そして今も、決意を新たに何かを目指そうとしている。
なんとアンバランスな姿だろうと思わずにはいられない。
最初から可笑しな少女なのは分かっていたが。
リユの意志には、まるでからっぽの人形の中に他の誰かの意志が入っているようにみえた。
その“意志”は、吸血鬼や死神との会話から察するに“サクラ”という人物のものなのではないかとセバスチャンは考えていた。
「一つ、訊いても宜しいでしょうか」
リユを連れて森を抜ける手前で問いかけた。
「何をですか?」
少女の黒い瞳が紅茶色の目を見つめ返した。
「貴女は随分、“サクラさん”という方に拘っているように見えましたが、一体どういった方なのですか?」
あの吸血鬼も拘っていたという彼女の義理の伯母。
尋ねると、暫しの沈黙があってから少女は言う。
「私の一番大切だった人です」と。
その声や表情は平静を装っていたが、明らかに痛々しさが感じ取れた。
亡くなっているのだろうと執事が告げれば、少女は息を詰める。
脆い。あっさりとリユの体裁は崩れる。
そしてそれは、セバスチャンの考察が当たっていたのだという何よりの証だ。
伯母が亡くなっている事を指摘し、更にこの世にいないモノに縋りつく少女の心情を暴く。
追い討ちをかけるように、きっと他にも忘れられずにいるであろう過去があるのではと突き詰めれば黒色の目が怒りに濡れた。
そして、リユは目の前の悪魔目掛けて手を振り下ろした。
しかしセバスチャンは、か細いその腕を易々と受け止める。
「残念です…、が。貴女に、私は叩けませんよ」
そう告げれば腹立たしげに歪む幼い顔立ち。
その怒りと悔しさの表情は、サクラという虚像ではないリユの実像だ、と悪魔は微笑を浮かべた。
作り物とは違う剥き出しの感情が愚かしくも美しく思えて、セバスチャンは自身の手の中に収まる細い腕をねじ上げる。
苦痛に眉を寄せる彼女を満足げに見つめてから手を離し、今度はそっと労るように触れてやった。
「痛みますか」
「離して下さい…!」
リユは乱暴に手を振り払う。
†
next
[
戻る]