その姫、奔放1/5
服を脱がされ街中で逆さ吊りにされて気を失っている英国人の紳士達。
そんな事件現場には、スコットランド・ヤードの警官以外にも野次馬が群がり大きな人集りとなっていた。
私は、目的の人物を見つけて前を行くシエルとセバスチャンの後ろを着いていく。
近付く度にランドル卿とアバーライン警部補の会話が耳に入ってきた。
「あんな餓鬼に手柄を横取りされて…」
「餓鬼?それはシエル ファントムハイヴの事ですか?…彼は何か途轍もなく重いものを背負っている気がしてなりません。まだ子供だと言うのに」
「ふん、子供だと、」
「そう子供と言えば…、この前彼と一緒に小さい女の子が居たのですが…御存知ですか?確かファントムハイヴ家のメイドだと、」
「メイド?はっ…、悪の巣窟に住まう使用人の事など私は知らん」
「アバーラインさんこんにちはー♪噂のリユちゃん登場ですよー」
「き、君は!」
刑事さんの横から顔を覗かせると彼は驚いて目を見開いた。
「インド帰りばかりが狙われる事件か」
シエルは私の反対側から、アバーラインの持っている資料を覗き込む。
「なっ、シエル君!?」
「死人はまだ出ていないようだな」
ランドル卿に歩み寄り、小さな伯爵は犯人からの声明文に目を通す。
「堕落と怠惰の申し子とは…犯人もなかなか的確な表現をするものだ。僕もインド帰りの成金などいなくなれば、この国も多少はマシになると思うがね。…それにしても、このマークは」
紙には舌を出したような絵が描かれていた。ランドル卿はシエルの手からそれを引ったくり、英国人と女王陛下を馬鹿にしているインド人が犯人だと言った。
「はーあ…、それで僕が呼ばれたのか。密航したインド人の大半はイーストエンドの暗黒街を根城にしている。…ヤードは密航者の正確な数もルートも特定できていないんだろ?」
その言葉に警視総監は忌々しげな視線を女王の番犬へ向ける。しかし、シエルは気にする事なく話を続けた。
「王室が侮辱され続けたのでは、黙っている訳にも行かないんでな。行くぞ、セバスチャン、リユ」
「はい」
「はーい。じゃあまたねアバーラインさん」
手を振る私を、刑事さんは戸惑うように見つめる。
その側ではあからさまに不審そうな顔のランドル卿が此方を睨んでいた。
「身ぐるみ一式置いてきな」
只今、暗黒街の一角でインド人の皆さんに囲まれてます。
「随分ベタなチンピラに捕まりましたねぇ。坊ちゃん、如何致しますか?」
セバスチャンは楽しそうに指を鳴らす。
ほんと弱い者苛めがお好きな悪魔さんですね!
そんな執事に対し主人は面倒臭げに一言。
「早く片付けろ」
「御意」
口元に笑みを浮かべ執事は黒の革手袋をキュッと嵌め直した。
その時、インド人の男がシエルの胸倉を乱暴に掴んだ。
「ここいらのインド人はみんなお前ら英国人に恨みがあんだよ!」
憎しみと悲痛が混じる男の言葉。
こういった歴史が本当にある事は知っていたが、実際にそれを目の当たりにすると不意に胸が苦しくなった。
しかし、刃物をシエルに翳したインド人は、容赦なく額をセバスチャンの指に突かれる。後ろへと吹き飛んだ男に周りのインド人達がどよめいた。
「お怪我はありませんか」
「ああ」
「こんの野郎っ、俺達をこんな所まで連れてきた癖に物みたいに捨てやがって」
そう言いながら立ち上がる刃物を持った男は、突然私に目を向けた。
「おい女。お前アジア人だろ。こんな英国人なんかに媚びを売っても使われるだけ使われてどうせゴミみたいに捨てられるんだぞ!」
思っていなかった展開に面食らった。
私に話しかけてくるとは思っていなかった。
その間にも周りのインド人達は口々に英国人への不満を投げつける。
「お前達も略奪される屈辱を味わえ!」
怒鳴った男は此方に刃物を振り上げる。
が。
「待て!」
背後から掛かった声にインド人達は動きを止めた。
人捜ししていると一枚の紙を此方に見せながら歩いてくる、褐色の肌の少年。
背後には長身の青年が控えている。
うわぁ…本物のインド主従だよ!
ソーマ王子とアグニさん!
目を輝かせながら一人感動していると、何時の間にか話が進み、ソーマは自分の執事に私達を倒せと命を下していた。
「ジョー アーギャー」
右手に巻いた包帯を外しながら近付いてくるアグニ。
「この、神に授かりし右手、主の為に振るいましょう」
鋭い目を向けるインド人執事。
彼が動く前の、その一瞬。
「30秒です」
「え、?」
私にそう告げたセバスチャンは、アグニが動くと同時にシエルを右腕で抱え、私を空に向けて勢い良く投げ上げた。
「…ぇ、きゃああっ!!?」
ぶわりと風の切る音だけが聞こえる。
曇り空が目の前に広がり、一瞬時が止まったかのように静かになる。
その途端、私は30秒の意味を理解した。
「私が放り投げられてから落ちるまでの時間が30秒って事ですかぁあー…!」
引力に引き戻される体は背中から落ちていく。
こ、これで受け止めてくれなかったら、呪ってやるもんね。
目を閉じて暫くすると背中に衝撃がやってきた。
「っ、」
私は真っ黒な両腕になんとか無事に収まっていた。
「受け止めないとでも思ったのですか?」
恐る恐る目を開くと黒い執事はクスリと笑う。
微笑むセバスチャンに対し、アグニは自分の攻撃が効かない事に驚いていた。
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