眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、冷雨2/3

「私も、彼女を知っていました」

ウィリアムの黄緑色の目が私に告げる。

「貴方が、サクラさんの知り合い…?」

「初めて貴女を見た時から予感はありました。まさかクラレンス ミルズと貴女が出会っていたとまでは思いませんでしたが」

「そうか。リユはこの世界の人間じゃないのか……。だから俺は、」

どこか遠くを見ているような調子でクラレンスは呟く。

「けど、あんたがアイツの姪とはな。……そうか、なら、なかなか悪くないな。……お前の血もッ!!」

カッと目を見開く、空色の瞳の吸血鬼。
突如、私とシエルに向かって襲いかかるクラレンスの前に、燕尾服の悪魔が立ち塞がった。

「厄介な方ですね。自分の理性さえ満足に制御出来ないとは」

セバスチャンはクラレンスの取り出したナイフをシルバーで受け止める。
金属の擦れる高い音が響く。

「悪いな悪魔。オレはだいぶ長いこと食事してねーんだよ。くだらない約束に縛られてたせいでな!」

ガラリと口調の変わった吸血鬼に悪魔は嘲笑する。

「我慢強いのは結構ですが。自分で選んだ道を最後まで貫き通せないとは実に愚か」

地獄の炎を思わせる、悪魔の紅い瞳が細められた。

「我慢の利かない貴方には、もう我慢しなくて済むようにして差し上げますよ」

言い終わるなり、セバスチャンは空いている方の腕の拳を突き出した。
しかしクラレンスは体重を感じさせないような軽やかさで後ろに跳ね上がる。
そしてセバスチャンの眉間目掛けてナイフの切っ先を放った。

とっさに上体を反らした彼は、ぎりぎりでナイフを躱(かわ)す。
刃物は鈍い音を立てて、雨で湿った地面に突き刺さる。

クラレンスは着地と同時に私の方へ走ってきた。
口元からは鋭い牙が顔を覗かせている。けれど鈍い光を宿す空色の目は、私には何故か悲しげに見える。
初めて会った時、彼の顔色が悪いと気になっていたのを思い出した。

さっきクラレンスは、自分は吸血鬼と人間のハーフだと言った。
彼は長い年月、セバスチャンが言ったみたいに生きにくい人生を歩んでいたのだろうか。

未だに信じ難いけど、昔サクラさんがこの世界に来ていたなら、一体二人はどんな風に出会ったんだろう。

その頃のクラレンスはこんな瞳をしていたのだろうか。
その頃のクラレンスは人間を平気で襲っていたのだろうか。
だとしたら、たぶん彼は……


「リユっ逃げろ!!」

大きな声で名を呼ばれ、我に返る。
いつの間にかシエルが私の前に飛び出して、銃をクラレンスに向けていた。

「餓鬼の玩具じゃねえぞ小僧!」

クラレンスの鋭い爪をした手が、銃を撃たれるより早くシエルを捉える。

「シエルさっ、」

「坊ちゃん!!」

シエルを庇おうとセバスチャンが横から飛び出す。

するとクラレンスは不意にその場で踏み止まると、セバスチャンの背を容赦なく蹴り飛ばした。
その勢いで、執事は主人もろとも地面に叩きつけられる。

二人の元へ駆け寄ろうとしたら、私は後ろから伸びてきた腕に首を掴まれた。

「ぐっ…ぅ…っ!」

引き寄せられて、後ろからクラレンスに抱き竦められる。

「今度こそ逃がさない」

咳き込む私の耳元で怒りにも似たクラレンスの声が響いた。

一方、主を起こして立ち上がった悪魔は、苛立ちを滲ませる目で此方を見据えた。

「良い度胸ですねぇ?人の玩具に手を出そうとは」

「何をぐずぐずしているセバスチャン!早くあの吸血鬼を倒せ、」

「待って!」

私はシエルの命令を慌てて制した。

「お願い…だから、クラレンスさんを殺さないで」

「この状況でオレを庇うのか?サクラ、お前は昔から変わらねーな」

私の言葉を聞きクラレンスは嘲笑する。
セバスチャンは、私をサクラと呼ぶクラレンスに眉を顰めた。

「リユ、彼はもう自我を失っています。貴女は自分を殺めようとしている吸血鬼を庇うつもりですか?」

そんな事は分かってる。
でも彼は、まだ私がこの世界でどう生きたらいいのか不安でいる時、支えてくれた人だ。

この世界で一番最初に触れた温かさは、クラレンスだった。

そんな彼を、今の私に居場所をくれたシエルとセバスチャンが殺すなんて。
そんなのは辛過ぎる。

「私はっ、大丈夫ですから…」

自分でも随分根拠のない言葉だと分かってはいた。けれど言わずにはいられない。
すると頭上から低い声で呟きが降ってきた。

「大丈夫、だと?」

私を捕らえている腕の力が強まった。同時に、屋敷でクラレンスに噛まれていた首筋から、つうっと血が流れた。

金髪の吸血鬼は何かが揺らいだような目で私を見下ろした。

「どうしてお前は!」

その瞬間、地面に背中から叩きつけられた。
私に馬乗りになったクラレンスが襟元を掴んで怒鳴る。

「綺麗事ばかり言う口は変わらないなサクラ!いつもいつも!あの頃からオレは、お前のそう言う偽善ぶった科白が気に入らねーんだよ!」

その時、私の頬に冷たい涙が一滴(ひとしずく)落ちてきた。

涙の先には空色の目があった。
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