眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、寒村3/3

鋭い刃が空を切り、クラレンスの肩に突き刺さる。
と、思えば、彼はそれをギリギリで交わした。

刃は引き戻されるように持ち主の方へ戻っていく。

私の肩を離し金髪の青年は後ろを振り返った。

「お前は、」

空色の瞳が見開かれる。

「久方振りですね」

黒いスーツに眼鏡をかけた男性が、そこに立っていた。
手には高枝切り鋏が握られている。

ウィリアム T スピアーズ。

その、予想外な人物の登場に私は戸惑った。

切り裂きジャック事件で一度見ただけの、私がもっとも関わる事なんて無いと思っていた人物がそこにいたのだ。

ウィリアムは私を一瞥してすぐにクラレンスへ向き直る。
冷たい黄緑色の目が黙って彼を見据えていた。

「まさか此処でお前に会うとはな」

「それは此方の台詞です。一度のみならず二度までも、貴方に運命の流れを崩されては堪らない」

神経質な仕草で死神は眼鏡のフレームを上げる。

「その少女に触れることは許しません。以前の二の舞はごめんですからね」

「黙れッ!」

クラレンスが叫んだ。

「コレはオレの獲物だ、サクラは、っ、」

「サクラ?」

ウィリアムが怪訝そうに聞き返す。
しかし不意にクラレンスがその場で膝から崩れ落ちた。

「クラレンスさん!?…っどうしたんですか!?」

「……頼、む…、この村からっ…離れてくれ……俺か、ら…離れろ……ッ!」

苦しそうな声だった。でも、その口調は私の知っているクラレンスのものだ。

状況についていけないでいると、彼はふらりと立ち上がる。
そしてウィリアムの方まで一気に駆け寄り、クラレンスは彼を突き飛ばして窓から飛び出した。

「クラレンスさっ、」

窓から身を乗り出す私を、黒い革手袋の手が制した。

「こうなってしまっては、もう止められない」

黄緑色の目は、窓の外に広がる深い闇を見つめている。

「どういう意味?……貴方は、何か…知ってるんですか」

表情の無いウィリアムの顔を見上げる。

「貴方もクラレンスさんと知り合いなの?」

「彼とは一度、会ったことがあります」

素っ気ない返事の後に続くのは、無言の視線。
しかし私はそれに構うことなく問い掛けた。

「クラレンスさんは…人間じゃないんでしょう…?あの人は、悪魔、なんですか…?」


気さくで親切な人とばかり思ってたけど。
でもたぶん、私がセバスチャンを悪魔だと知らなかったら、セバスチャンに対してもそう思っていた筈だ。

「この村で事件を起こしてるのも、クラレンスさんなんでしょう?」

今は動物だけが殺されているけど。
死神が来たという事は誰か人が殺されるのかもしれない。

それに何より私が気にかかるのは、クラレンスが口にしたサクラと言う名前だ。
もし、有り得ない事だけど、もしかしたら……。


「違います」

私の思考をウィリアムが遮った。

「え?」

「クラレンス ミルズは悪魔ではない。ですが、この村の家畜を手に掛けているのは彼です。
彼はもう人間の自我を失いかけている。」

「どういう事?…それって、」

「分かりませんか。クラレンス ミルズは、」

その時、私の部屋の扉が勢い良く開いた。

「リユ!」

入ってきたのはセバスチャンを後ろに従えたシエルだった。

「なっ、お前は…!?」

死神の姿にシエルの表情が驚きに染まる。
ただ、セバスチャンはその後ろで静かに此方を見ていた。

「どういう事だ、これは、」

「ごめんなさいっ、後で説明しますから!」

私はそう言って窓から飛び出した。

向かう先は、クラレンスのところだ。

「帰ってきたらちゃんと説明しますからっ!」

「おいっ!どこへ行く気だ…!」

シエルの声を背にして、私は夜の森へ駆けていく。

何故だが、クラレンスは村ではなく森へ行った筈だと、直感が告げていた。

「ちゃんと、聞かなくちゃ…」

そして、真実を知らなければ。
彼の正体も事件を起こす理由も。

そして何故、私の事を“サクラ”と呼ぶのか。

でも全てを聞くには、シエル達と一緒じゃ駄目だ。
彼らはこの事件の犯人を追ってるのだから。

「って言っても…もう分かってるのかな…」

そういえばセバスチャンは、最初からクラレンスに対して良い印象を持ってなかった。
彼のことだ。
クラレンスの正体はもうとっくに分かっていたのかも知れない。


森の霧が深くなる。

それでも私は、まるで最初から知ってるみたいに、いや、何かに呼ばれるみたいに、奥へと進んでいった。


(霧を抜けたその先に、私の疑問の答えがあるなら)(今の私は、その事で頭がいっぱいになっていた)(想像を超えた巡り合わせがあるなんて、この時は思わなかったけれど)



(誰かが静かに泣くように、ぽつぽつと雨が降り出した)
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