その姫、寒村1/3
重苦しい夕方の曇り空と閑散とした村。
英国の片田舎とは言っても、まるで忘れ去られたような物悲しい場所だ。
「………。」
案内役の村人が操る馬車の荷台で、私は数日前の事を思い返した。
品評会から数日経ち、何事もなく過ごしていた頃。
私は1ヶ月近く連絡をとっていないクラレンスに会いに行くつもりだった。
彼の顔を最後に見たのは、エリザベスの失踪事件で出会った時だ。
あの、人が変わったような彼の様子は今でも忘れられない。
けれど、突然劉が持ってきた情報に悪の貴族が動く事になり、私はマナーハウスを離れる事になったのだった。
「この村の家畜が次々に殺されている事件ですが、どうやら数週間前から起こっているようです。
死んでいる家畜の体内には、劉様の仰っていた通り、一滴の血液も残されていなかったとか」
セバスチャンの報告をシエルは荷台に揺られながら黙って聞いている。
「また、犯行は決まって深夜に行われているようですね。偶然その場を目撃した村人によれば、家畜の屍と共に長身の人影を見かけたという話です」
「長身の人影か…」
「なんかドラキュラ伯爵みたいですよねー」
シエルがちらりと此方を一瞥する。
が、すぐにセバスチャンへ視線を戻した。
「それで?死んでいるのは家畜だけか」
「ええ、今のところは」
執事は意味ありげに笑って頷く。
ちょうどその時、小さな屋敷の前で馬車が止まった。
「着きましたよ」
馬を操っていた村人が荷台を振り返った。
荷物とシエルを降ろすセバスチャンに変わり、私はその男性に礼を述べる。
帰っていく馬車を見送っていると、屋敷から質素な格好の老夫婦が出て来た。
「御手紙は頂いております。ようこそお越し下さいました、ファントムハイヴ伯爵様」
「ああ。貴殿がこの村の村長だな」
シエルは隣に立つ執事に帽子を預ける。
私達は老夫婦に案内され屋敷の中に入っていった。
「この屋敷は、代々この村の村長が管理しております」
廊下を歩きながら村長が口を開く。
「この土地の権利者様方は、屋敷にまつわる噂を気味悪がられ、今まで一度も此処にいらっしゃった事は御座いません」
「その、噂の内容をお訊きしても?」
セバスチャンが問い掛けた。
村長はゆっくりと話し始める。
「なんでも百数十年前、当時屋敷にお住まいだった領主様の御一家が何者かに惨殺されるという事件が起きたのです。
その殺され方は残忍極まりなく、当時は屋敷中が血の海を思わせる光景で、犯人は分からないままでした。
そしていつしか、この犯行は領主様や村を恨む魔女達の悪霊が起こした呪いだと言われているのです」
「魔女?」
応接室へ通されながらシエルが聞き返す。
村長は彼に椅子を勧めると再び口を開いた。
「この村では、古くから魔女狩りの風習が根付いておったのです。とは申しましても実際に魔女と呼ばれ、領主様に処刑された者達が悪事を行っていたのかは定かでありません」
その言葉にシエルは、はあと頷く。
「よくある話だ。大方、魔女の呪いとやらは、屋敷の領主に恨みを持った村人達の仕業だろうな」
「それは、私どもには分かりかねます」
村長は眉を下げて苦笑した。
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