その姫、玲瓏1/3
フィニ達が持ってきてくれたカリーパンを食べ終え、そろそろ品評会の会場へ戻ろうとした時だった。
「ん?なんか騒がしくねーか?」
そう言ってバルドが眉を潜めた。
会場の方向から声が聞こえる。
目を凝らすと、大勢の人達が騒ぎながら此方に走って来るのが見えた。
「おおい!?なんだありゃ…!」
「何事ですだか!?ってぎゃああ〜…」
メイリンが走って来る人達に巻き込まれて行った。
「メイリンさーん!あ、王子様どこ行くんですかあー?」
「フィニ!私がソーマ様追うから、フィニはバルドさんと一緒にメイリンさん探してきて…!」
人混みに飲まれながらなんとか声を張り上げる。
ちょっともう人多過ぎでしょ!
人の波を逆に進みながら、なんとか品評会の会場へ辿り着いた。
不気味なオーラを纏った人々が、ミーナを中心に暴れている。
…って、あれ?
ソーマ王子まだ居ないんですけど。
まさか話が変わってしまったのかと私は内心パニックになった。
その時、操られたみたいに暴れる人々がシエルの周りを取り囲もうとしていた。
私は、一瞬のうちに考える。
シエルを助けるのはセバスチャンだ。
でも、もし何かが原因で私の予想と違う事が起こったら?
…シエルに、何かあったら?
それも、私の、せいで。
「……っ、」
私はその場から走っていった。
彼を囲んでいる一人を突き飛ばして、無理矢理シエルの側まで行く。
「リユ…!」
シエルの声と彼を囲む他の奴らの言葉が同時に耳に入ってきた。
「憎悪と欲望…穢れの匂いが!」
「不浄で消せ…!」
シエルが私の後ろで小さく息を飲む。
操られてる相手に言ったって意味はないけど、私はカッとなって声を荒げた。
「不浄!?穢れてる!?…っ、ふざけんな!自分勝手な尺度で人の価値測らないでよ!」
その瞬間、突き刺されるような視線を感じた。
はっとしてその視線に顔を上げたが、それは遮断されてしまった。
黒い、燕尾服によって。
「カーリーに狩られるアスラを洒落込む気ですか」
調理器具の杓子片手に、セバスチャンが現れた。
小さな主人は、黒い執事にいつものように言葉を返す。
「女神が持つ生首になるのは悪魔の仕事だろう」
微笑む悪魔に命が下る。
「セバスチャン、神話を覆せ。あのカーリーを止めるんだ」
「イエス マイロード」
「リユは早く避難しろ。僕は陛下のところへ行く」
「あっ、シエルさん…!」
シエルは女王のもとへ向かった。
ちょうどその時、私はソーマを見つけた。
「ミーナ…」
王子様は、セバスチャンと戦っている別人のようなミーナに呆然としている。
「王子…!」
「アグニ…」
ソーマのもとへアグニがやって来た。
「アグニ、これは一体…」
アグニは後ろから近づいてくるシェフを、振り返りもせずに片手で倒し、ソーマの質問に答えている。
「分かりません。ミーナや観客達の一部があのカリーを食べたら突然…」
ソーマは、まだ残っているそのカリーを舐めて真剣な顔つきになった。
「カーリーマー…。父上に聞いた事がある。人の心に巣くう闇、欲望と穢れに反応し人を鬼神に堕とす、禁断のスパイス…」
彼の視線がミーナに向く。
「ミーナ…お前はそんな大きな心の傷を抱えていたのか」
「王子のせいではありません。魔のスパイスに呑まれたのなら、それは…」
「分かっている。皆まで言うなアグニ。
…俺は今まで孤独も、ミーナの事も全て人のせいにしてきた。そんなガキを誰も愛してくれる筈もない」
でも、と王子はアグニの顔を見上げた。
「こんな俺でもお前はずっと側にいてくれたんだな。今まで気付いてやれなくて、すまなかった。これからも俺のカーンサマーでいてくれるか?」
「王子……」
ソーマの目はしっかりと強い光りを宿していた。
「ミーナを止めろ、アグニ!」
「ジョー アーギャー!!」
右手の包帯をとり、アグニは魔のスパイスにとらわれた人達を倒しながらセバスチャンのもとへ駆けつけた。
二人の執事は次々と襲いかかってくる人を倒していく。
†
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