clap8
「わあ…これって、」
早春の英国。
屋敷の庭先には春の訪れを知らせるかのように、スノードロップの花が咲いていた。
「本物初めて見た…可愛いなぁ」
まさしく雪の雫のような小さなそれに、メイドの少女はそっと触れる。
冷気を含んだ花は、ひやりと冷たい。
「本当に雪みたい」
花言葉は、希望や慰め。
別称もヨーロッパ各地で愛らしい意味のものが沢山ある。
しかし、この花は。
「おや、スノードロップですか」
少女から少し離れた所で薔薇の手入れをしていたセバスチャンがやって来た。
「もうそんな時期なのですね」
「私、実物みたの初めてなんです。小さいけど綺麗な花ですよね」
「気に入ったのなら摘んでしまって構いませんよ」
「え?いいんですか」
「ええ。植えていた訳ではありませんしね」
身を屈めた彼は、手袋をした指先で器用に小さな花を根っこごと摘み取った。
「鉢に入れ替えれば少しはもつでしょう」
「あ、ありがとうございます!」
少女は渡されたそれを受け取った。
「でも、こんなに可愛いのに死を連想させるなんて可笑しな話ですよね」
「おや。知っていたのですか?」
「勿論ですよー。って、セバスチャンさんもしかしてコレわざと!?」
スノードロップは人に贈ると、相手の死を望むと言う花言葉に変わるのである。
少女は怯えたように手の中の花とセバスチャンを交互に見遣る。
その姿に執事は微笑した。
「まさか。貴女にはまだまだ働いて頂かなくては。嗚呼、ですが、くれぐれも坊ちゃんや他の方などには贈りつけないで下さいね」
「分かってますよ!そんな縁起の悪い事しません!」
言ってから、少女は持っていたスノードロップから一輪花を取った。
そしてそれを、背伸びして執事の燕尾服の胸ポケットに挿し込んだ。
漆黒のウールの上で、小さな白が映える。
「はいっ。これでお互い様です」
では!と手を挙げてから少女はメイド服のエプロンを翻し庭の奥へ駆けていく。
暫くすると、庭師に小さな鉢はあるかと問う声が聞こえてきた。
天使からの贈り物とも言われる花を胸に挿したまま苦笑した執事は、少女と庭師の声を聞きながら仕事を再開したのだった。
眠り姫とスノードロップ
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