眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、趨向2/3

「わあー……此処がクリスタルパレス…」

流石、水晶宮と呼ばれるだけはある。
光を受けた硝子の輝きが建物の中にきらきらと射し込んでいる。

その時、隣りに立っている藍猫と目が合った。

「綺麗ですよねっ」

「…………。」

表情はクールだけど彼女は黙って私を見つめ返す。その顔は、何となくだけど何か言いたそうにも思えた。


「それでは、私は準備がありますので、ここで失礼致します」

品評会の控え室へ向かうセバスチャンをみんなで送り出した。
すると突然、ソーマが何かを追うように走り去る。

「あの馬鹿っ、」

舌打ちするシエルの腕を劉が引っ張った。

「面白いかもよ、ついて行こう伯爵。藍猫も行くよ」

「あ、おい劉!…っ、お前達は先に会場へ行っていろ!」

引きずられながら言う小さな伯爵の言葉にみんなで返事をした。
が、私は藍猫に手を引っ張られてしまった。

「えっ?ちょ、私も行くの…!?」

ソーマを追っていくと、彼は黒髪のインド人美女と話していた。
二人から離れた物陰に隠れながら私達は様子を窺う。

「あれがミーナか…」

「話通りの美人だねぇ」

此処からではソーマ達の会話は聞き取れない。けれど、ソーマに背を向けて去っていく彼女に、シエルは冷めた目を向けた。

「どうやら誘拐ではなかったらしいな」

「え、そーなの?」

首を傾げる劉。溜息を吐くシエルに代わって私が答えた。

「たぶんミーナさんは、自分からウエストと一緒に英国へ来たんですよ……ソーマ王子には何も言わないままで」

どうせ、今この場でバラしてしまうくらいなら、他に言う機会あったんじゃないの、とか思ってしまう。


私達に見られてたなんて知らない王子様を連れて、みんなでカリー品評会の会場に向かう事にした。



「お待たせしました!ロンドン味自慢カリー店による、カリー品評会のお時間です!」

壇上に立つ司会者の両側には、セバスチャンやアグニと一緒に並ぶ料理人、そして今回のカリー審査員達。
劉が審査員の中にドルイット子爵を見つけると、シエルは悪態を吐く。

「それでは料理対決はじ、」

司会者が料理開始の合図を出そうとした時だった。
声を遮るように、辺りにファンファーレが流れ始める。
すると突然赤い絨毯が敷かれ、傍らに白い執事を連れた女性が現れた。
黒いヴェールで顔を隠した小柄な女性を見てシエルが目を見開く。

「女王陛下……!」

「これは…、英国の母、我らが敬愛するヴィクトリア女王陛下がお見えになりました!」

司会者が言えば、周りからは感嘆の声。
審査員席から立ち上がったドルイット子爵が国歌を歌い始めると、それは大きな斉唱になっていく。

女王が椅子につくと、彼女の執事が口を開いた。

「陛下宣わく。長らく皆の前に出られず、心配をかけました。ですが、すっかり体調も戻りこうしてカリーを食するまでになりました。我が夫、亡きアルバートも好んで食したカリー…。皆の健闘を期待します」

会場の人々から拍手が沸き起こった。

「それでは、アレ・キュイジーヌ!!」

司会者の声が、会場に響いた。


カリー作りが始まると、観客の注目を集めたのはアグニとセバスチャンだ。

二人の華麗な調理に観客は目を奪われている。
…あ、今のは駄洒落じゃないからね!

けれど、セバスチャンがカリーの鍋にチョコレートを入れた事で周りはざわついて眉を顰めた。

「流石菓子メーカーたるファントム社!宣伝の仕方が斬新だ!」

ウエストの笑い声が聞こえてくる。しかしアグニはチョコレートも立派な調味料の一つだと言った。

「貴方が英国人だとは言え…一体どこからそんなアイディアを?」

アグニの問いにセバスチャンはカリーの味見をしながら微笑む。

「我が主の命でしたので。主に命じられた以上、それがどんな無茶でも実現してみせますよ。私は、あくまで執事ですから」


「物は言いようだね」
「嫌味のつもりか?」

劉が言うとシエルは舌打ちする。

アグニは壇上からセバスチャンとシエルを見遣り、複雑そうな顔をしていた。
今この場に、アグニの主は見当たらないのだ。
けれど彼は何かを決心するように、青い海老を取り出した。

その青い海老、希少なブルーオマールに子爵は賞賛の声を上げる。
相変わらず、ウエストは上機嫌だった。


参加者それぞれのカリーが完成し、審査の時間になった。

辛口な評価が飛び交う中、一人のシェフのカリーにドルイット子爵が反応する。
シェフは、飛び抜けて良い香りのするスパイスがある、と評価を受けていた。

どうやらあの天使は物語通りに動いているみたいだ。
私は一人静かに、ほっと胸を撫で下ろす。昨日みたいな想定外な出来事が起こりませんように、そう願いながら。


アグニの作った“オマールエビと七種類のカリーのターリ”は審査員達の舌をうならせる。

子爵はアグニのカリーを、舞踏会の気高い美女と喩えて心を奪われたと激賞した。
高い評価に会場はどよめく。

そしていよいよ最後の審査は、ファントム社の執事、セバスチャン。

彼が皿に乗せたのは、とてもカリーとは言えない真っ白な物体。
唖然とする皆の前で、セバスチャンはそれを油で揚げた。

「完成しました。これが我が社のカリーです」

こんがりと美味しそうに揚げられたパンは、丸いドーナツに見えない事もない。けれどそのパンにナイフを入れれば、中からカリーが出てくるのだ。
当然、その場の全員が衝撃を受ける。

「これが我がファントム社が自信を持ってお出しするカリー。その名も、カリーパンです!」

大丈夫、ちゃんと物語通りだ。

審査員からも好評だし、子爵もカリーパンを駒鳥に喩えて絶賛してる。
シエルは鳥肌立ってるけど。

試食の時間が始まる頃、私は会場を抜け出してソーマの様子を見に行く事にした。
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