clap3
自室の窓を開けると大きな銀色の月が紺の空に浮かんでいた。
手を伸ばせば届きそうな気がして、少女は窓から身を乗り出す。
決して届くことのないものだと分かっているからこそ、逆に手を伸ばしてみたくなるものだ。
「んー…届きそう、」
月に翳した小さな手が、突然背後から現れた大きな手に掴まれる。
「うわっ…!」
外へ乗り出していた体も引っ張られ、少女は引きずりおろされた。
「何をしてるんですか。危ないでしょう」
小さな体に片腕を回したセバスチャンは眉を寄せて彼女を見下ろす。
そんな彼に少女は笑いながら答えた。
「月が掴めそうだなぁと思って」
「月は掴めませんよ」
「分かってますけどー、綺麗なものって欲しくなるじゃないですか。届かないって分かってても」
「そういうものですかねぇ…」
紅茶色の瞳が呆れたように細められる。
セバスチャンは開け放たれた窓から覗く満月に視線を移した。
「あの、セバスチャンさん」
「はい?」
「そろそろ離してくれませんか…」
先程まで月に向かって伸ばしていた手首を掴まれて、体にも片腕を回されたままの少女は動きにくそうにしながら彼を見上げた。
その姿に、嗚呼…と呟いてセバスチャンは口角を釣り上げる。
「あのっ…、わ…っ!?」
体が浮いた、そう思った時には もうベッドに沈み込んでいた。
「なななにするんですかっ…!」
自分の上で笑みを浮かべる彼を睨み付ければ、整った顔の距離が更に近くなる。
すぐ目の前で紅茶色の瞳が紅く煌めいた。
「手の届かないものを望むよりも、すぐ傍にあるものに手を伸ばしてみた方が可能性は高いと思いますよ?」
「意味分かんない、って言うか近いです…!」
「月にいるのは神から罰せられた愚かな男だけ。嗚呼、日本では兎でしたか…」
焦る彼女の姿に笑いながらセバスチャンは赤く染まったその頬を撫でた。
「とにかく貴女は、そんな下らないモノに目を向けなくて良いのですよ」
囁かれた後に額に落ちてきたキスは、銀色の月だけが静かに見つめていた。
『その妖しさは、月に似て』
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