clap2
「椅子」
「好きだからこそ壊したい」
「威圧」
「ついに手にしたのは貴女の冷えきった命」
「…中国」
「狂おしいほど愛してる」
「……っ類似」
「人生においてもっとも危ういのは愛という名の感情」
「う…、馬」
「マテナイ、トマレナイ危険な、」
「…〜っ、もう止めろっ!!なんなんだこの気色の悪いしりとりはっ!」
「え?狂愛チック危険思想しりとりですけど何か?」
不思議そうに首を傾げる彼女に、溜息が出るのを抑えられない。
「何が、危険思想しりとりだ!全く…、お前の趣味を疑うぞ」
「だってぇぇ…暑いんですもん。あと暇」
「暇、が本音だろう」
「ばれたか!」
ぐったりと向かいに座っていた彼女は、僕の机に突っ伏してきた。
使用人の少女が平気で当主の部屋に入ってこれるのは、僕自身が許しているから。
でなければ今頃はセバスチャンに引きずり出されているだろう。
艶やかな短めの黒髪を眺めていると、彼女はいきなり顔を上げた。
黒い瞳に自分の顔が映る。
「シエルさんってさっきから何の本読んでるんですか?」
「ゲーテ…」
「“ヴィルヘルム・マイスターの修業時代”?…知らないなぁ」
「小説家志望のくせにか」
「む。でもファウストは読んだことあるもん」
年上だとは思えない幼げな顔を膨らませて言う。
「あ、でもファウストに出てくるメフィストフェレスって、嫌みな感じがセバスチャンさんそっくりですよねー」
いっそ、あの悪魔もセバスチャンに代えればいーのに。
と呑気に笑う彼女の背後に黒い影が現れた。
「それはそれは。名高い戯曲に出して頂けるなんて光栄ですねぇ?」
嫌みな口調とは裏腹に、どこか澄んだ声音が逆に彼女に危機感を与える。
ゆっくりと後ろを振り返った少女は気まずげに口角を上げた。
「あら執事さんご機嫌いかが?」
「どこかのメイドが頼んでいた仕事を放り出して行方を眩ましたので気分は最悪ですよ」
微笑むセバスチャンからあっという間に離れた彼女は扉のノブに手をかけた。
失礼しましたーと語尾を伸ばして出ていくのはいつものこと。
が、今日は僕が引き止めた。
「待て」
「え?」
きょとんとした顔で彼女は足を止める。
セバスチャンも不思議そうに此方を見下ろしてきた。
手にしていた本を掲げ一言。
「仕事が終わったら取りに来い。貸してやる」
読書家だったらしい彼女の事だ。
本を読んでいる間は夏の暑さも忘れるだろう。
「ほんとに?ありがとうございますシエルさん!」
『にっこり微笑んだ少女の顔は、真夏の太陽より明るかった。』
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