眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、演劇1/

天気の良い青空が広がる、珍しく穏やかで平凡なある日の事。

それは、ファントムハイヴ家にかかってきた一本の電話によって呆気なく幕を閉じた。


通話の切れた電話片手に立ち尽くすメイリン。
私は、会話の内容を口にした彼女と向かい合って呟いた。

「な、なんですと……」

「ぼ、ぼっ、坊ちゃんに……っ」

メイリンが声を震わせる。
それから、勢い良く叫んだ。

「お伝えせねばですだあーっ!!」

「ちょっ、メイリンさん!?危ないですよ!」

猛スピードでその場を駆け出した彼女。
私は慌てて後を追った。


電話は、ファントム社が依頼していた劇団からだった。

創立三周年を3日後に控えたファントム社は、その夜に劇場を使い恵まれない子ども達に演劇をプレゼントする企画を立てていた。
それは今朝の新聞にも大きく取り上げられていた。
だが、しかし。

さっきの電話は役者を乗せた船が事故に合い、ロンドンに着くのは来週になるとの連絡だったのである。


シエルのもとへ突撃したメイリンと私がそれを伝えると、少年伯爵は額を押さえた。

「三日後には本番だぞ…大々的に宣伝もさせた。当日は取材陣も押し掛ける…。日程をずらす事など不可能だ」

その場にいたバルドとフィニも、私達と同じく不安に顔を曇らせた。
けれど、その中で唯一冷静な執事が主人に問い掛ける。

「如何致しましょう?」

シエルは溜息を吐いてから、きっぱりと言った。

「…やるしかない。セバスチャン、命令だ。公演を無事成功させろ。ファントムハイヴの名に恥じぬように」

セバスチャンは、胸に手をあててそれに応えた。

「イエス マイロード」


かくして、ファントムハイヴ家の、急遽劇を仕上げるという波瀾万丈な三日間の幕が開いたのである。



早速、来れなくなった役者の代わりにファントムハイヴ邸へ集められたのは。


「ねえ、藍猫は何役がいい?」

「ワカメ。」

「俺が演じるなら、当然当然ラーマ・クリシュナだなっ!」

「ああ…!きっと神々しいお姿でしょうソーマ様っ!」

「私ね、お姫様が良いわぁっ!ペチコート三枚重ねのフワッフワで!」

「ヒッヒッヒッヒッ…折角だから小生も4、5枚重ねてみようかねぇ」

「えー?貴方がお姫様?全然可愛くなーいっ!」


劉と藍猫、ソーマにアグニ、そして、エリザベスにアンダーテイカーであった。
シエルはそんな彼らの様子に額を押さえた。

「ワカメにインド人に姫二人…。ハムレットだと言ってるだろうが!!」

好き勝手にはしゃぐお馴染みの面々にシエルが叫ぶ。
しかし、彼らに聞く耳はない。

「セバスチャン、素人を寄せ集めて学芸会でもするつもりか?」

シエルは傍らに立つ執事を見上げる。

「慈善芝居と言えば、本来、自邸で家主自らが披露するもの…。」

「へえーそうなんですか」

隣で私が相槌を打つと、セバスチャンは笑みを浮かべて続けた。

「劇団に金でやらせるものではありませんよ。…それに、」

ポキ、と白手袋の長い指を鳴らしながら彼は更に笑顔になった。

「此処にお集まりの皆様でしたら、……少々手荒な演技指導をしても、寛大に受け入れて頂けるかと…」

「「「「ん……?」」」」

それまで騒いでいた皆の動きがぴたりと止まる。
どうやら執事さんの不穏な気配を感じ取ったみたいだった。
と、今度はセバスチャンがシエルを見て告げた。

「勿論、坊ちゃんにも出演して頂きますよ」

「なっ…!?」

目を見開く主人に執事が言葉を続ける。

「この緊急事態、坊ちゃんならば、どの判断が最善かはお分かりでしょう?坊ちゃんは、大人、ですからねぇ」

「……っ、」

いやに“大人”を強調するセバスチャン。
シエルはぐっと言葉を詰まらせる。

「まあまあ、シエルさん。皆でやれば何とかなりますよ!」

「…その、皆で、が心配なんだ……」

深く溜息を吐くシエルの隣りで、確かにとは思いつつ私は曖昧に笑って誤魔化した。
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