眠り姫は夢から醒めたpart2 | ナノ
その姫、暁闇1/4

「何故、女王まで殺した。」

タワーブリッジに、シエルの凛とした声が響いた。


「魚の目だったんです」

答えたアッシュに、シエルは小さく首を傾げる。

「魚の……?」

「未来を見るべき彼女の瞳は、過去に囚われ、淀み腐ってしまった。浄化して差し上げるしか、方法がなかったんです」

私は宮殿で聞いた会話を思い出した。
あの時浄化を拒んだ女王はアッシュに見限られたのだ。


セバスチャンが、シエルを私のそばにあった腰掛けられる場所へと誘導する。

「多少座り心地は悪いですが、これ以上の良席はないかと。」

「そうだな」

シエルが腰を下ろすと、セバスチャンは懐から何かを取り出す。

「リユ、これを」

彼が私に差し出したのは、アッシュに取り上げられたピストルだった。

「バッキンガム宮殿で見つけました。今度は無くさないようになさい」

「……はい、ありがとう御座います」

夜の暗さの中でも際立つ漆黒色のピストルを私はしっかり受け取った。
ただ装填出来る弾は持っていない為、もう後ニ発しか撃てない。


「では、御命令を」

座る主人の正面に立ち、執事は背を正した。

シエルは右目の眼帯を外し、それを空へと投げ捨てる。
顔を上げてセバスチャンを見る瞳は紫に光りを放ち、悪魔の契約印が浮かび上がった。

「奴を、天使を殺せ」

燕尾服の執事は、紅く瞳の奥を揺らめかせて跪いた。

「イエス マイロード」


燕尾を翻し此方に背を向け、天使の方へと踏み出すセバスチャン。

シエルは彼から視線を外すと、隣りに立っていた私を見た。

「リユ、」

「はい、」

呼び掛けられて、私は座るシエルの側に屈んだ。

「アンダーテイカーが言っていた。お前はもとの世界に帰れると。」

「……え?」

「あいつから聞いてなかったのか?」

シエルの問いに頷き返す私。
突然告げられた事に頭がついていかなかった。

「…そうか。僕も詳しくは分からないが、此処で何があったとしても、お前は何も心配するな」

「でも…シエルさん……、」

私は、此方を見つめる碧と紫のオッドアイから、彼の体に視線を移した。
先程よりも更に赤く血の滲むそこを見て、シエルは軽く口角を上げる。

「心配するなと言っただろう。僕もまだ死なない。あいつの戦いが、終わるまではな」



「この橋が完成した暁には、ロンドンを不浄から護る東の結界となります。その門に悪魔が降り立ったとなれば…天使としては粛清して差し上げねばならない」

アッシュはセバスチャンに向かい合い、細剣の柄に手を掛ける。

「穢れもなく、心もなく、命もない……白い存在に。」

剣を抜いたアッシュは、その場から高く飛び上がった。
セバスチャンも同時に飛ぶと、空中で剣とシルバーがぶつかり合う。

何度か互いに刃を交わし、再びセバスチャンが足場へ着地した。
その途端、黒い靄のような死者達が彼の足に絡み付いた。

「「セバスチャン(さん)…!」」

私とシエルの叫んだ声が重なる。
それと同時に、燕尾服の執事は天使と共に黒い霧に覆われて姿が見えなくなった。

暗く悲痛な呻き声と共にタワーブリッジに吸い寄せられてくる死者達の心。

「この霧は……」

姿は見えないが、辛うじてセバスチャンの声が此方に届いた。


「ああ…気持ち良い……」

黒い霧の向こうからはアッシュとアンジェラ、両方の声が聞こえてくる。

「温かくぬるりとして、極上の毛皮にも勝る肌触り…」

「不浄を身に纏う天使ですか…。堕ちたものだ…」

「不浄の快楽は私にとって耐え難く不快なもの。ですが…」

一瞬霧の合間から、白い羽根の様なものがセバスチャンを攻撃しているのが見えた。

「不浄の絶望は私に力を与えてくれるのです」

満ち足りた調子でそう言うのは、アンジェラの声。

どんどん集まってくる黒い靄はタワーブリッジ上空に、シエルの身体の焼き印、プレストンの修道院で見た刻印を描いていく。
増え続けるそれは、私達の方にも押し寄せてきた。

「シエルさん下がって…!」

私は怪我を負っている彼を庇うように前に立つ。
気味の悪い靄を蹴散らすように、ピストルを持った手を振った。

「リユっ、」

しかし一瞬蹴散らしてもすぐまた押し寄せてくる。
あっと言う間に足元を囲まれてしまい、私達はその場から動けなかった。

これを力と変えていく天使が、霧の中心から上機嫌で話すのが聞こえてくる。

「ああ…どんどん強くなってしまいます。どうしましょうかねぇ…」

アッシュが、今度はアンジェラの声で、まだ貴方を諦めた訳ではないのだとセバスチャンに言う。

「犬とまぐわう女など、私の趣味ではありません」

きっぱりと聞こえたのは言い返す彼の声だった。
けれど闘っているような音や様子を感じない。
セバスチャンもこの靄のせいで身動きがとれないのだろうか。

すると、女の自分を受け入れないなら、自分は太陽として男のままで…と、アンジェラが言葉を続けた。

「ずっぷりと、貴方の芯の奥深くまで貫いて差し上げる……」

「とことん悪趣味ですね」

その時、二人を覆う霧から真っ白な強い光りが放たれた。
ぱっと黒い霧が裂けて、光りを放つ剣を振り上げるアッシュが見える。
セバスチャンは、身体に靄が絡み付いて動けない状態だった。
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