その姫、再起3/3
建設途中のタワーブリッジは、私の想像を越え遥かに悍ましい姿になっていた。
タワーブリッジを支える塔の土台には幾人もの死者の魂が閉じ込められていた。
そしてその呻きはアッシュと私の居る橋の上にまで聞こえてくる。
アッシュは一人、橋中央の鉄骨の上に両手を広げて立っている。
一方、私は広い足場の端で座り込んでいた。
真っ黒な靄の様なものが天使のもとに集まっていく。
それはロンドン中で炎に焼かれた死者達なのか、苦しげな悲鳴も聞こえ、私はそれらに充てられて気分が悪くなった。
しかし、天使はそんな真っ黒な靄を嬉々として身に纏っていく。
「不浄の絶望は、巡り巡って聖なる希望へと変わる…っ!
……気持ち、良い……!」
天使は恍惚と笑う。
これではまるで悪魔じゃないか。
次第に圧迫される様な息苦しさをかんじながらも、私が脳裏に思い浮かべるのは本物の漆黒を纏う悪魔だった。
そして、彼を従える碧の隻眼の少年。
シエルは無事にセバスチャンと会えただろうか。
少し呼吸が軽くなり、私はアッシュへ目を向ける。
黒い靄が一旦引いたようで、アッシュは薄く笑みを浮かべてロンドンを見下ろしていた。
「燃えている……陛下の夢も、人の世も…。ああ…とうとう我が父の偉大な輝かしい日が到来する」
天使の目には感極まったように涙が浮かび頬を滑っていく。
「血と、火と、立ち込める煙がその印……。そうでしょう?悪魔。」
私がはっとして振り返ると、後ろにはシエルを腕に抱き上げたセバスチャンが立っていた。
「っ!シエルさん!セバスチャンさん!」
「リユ…!無事か?」
セバスチャンに下ろされて、シエルが側にやってくる。
「その格好は……、」
シエルは、私がこの世界へ初めて来た時の服を着ているのを見て目を丸くした。
「戦闘モード未来少女スタイルです。」
姿勢を正して答える私。
「……。捕まっていたようにしか見えないが」
シエルは呆れた様に目を細める。
「その点についてはノーコメン、……ッ!?シエルさん…怪我してっ…、」
私は彼の左の腹部が真っ赤な血で染まっているのに気付いた。
「これ…どうしてっ…」
「心配ない。掠り傷だ。」
彼は言うと、私を制してしっかりした足取りで数歩前に進んでいく。
傍らに悪魔を従えて。
碧の視線が見据える先には純白の天使。
「何故、女王まで殺した。」
タワーブリッジに、シエルの凛とした声が響いた。
(夜の風が、だんだんと強く吹き始めた)(はためくのは、純白と漆黒の燕尾服)(これがきっと最期の闘い)
(そして最期に、微笑うのは――。)
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